海外ミステリーマストリード100
本書は文章だけに許された表現を用いた、「小説の中の小説」と言うにふさわしい作品だとも言える。お読みいただいた方には必ずや賛同していただけることと思う。この物語を別の表現形式で描くことは不可能だからである。
「海外ミステリーマストリード100」杉江松恋著(日経文芸文庫)
「翻訳ミステリー大賞シンジケート」などで知られる書評家のミステリーガイド。だいたいブックガイドというやつは、手持ちの本が1冊増えて、さらに読みたい本が大量に増えてしまうという、本好きにとっては危険極まりないジャンルだ。実は本書についても、事前にその危険性について重々警告を受けてはいたけど、思わず買ってしまって案の定、泥沼にはまった感じがしている。あ~、私が読んでいない面白い本がこんなにたくさんあるのに、時間が足りないぞ!
350ページと手ごろな分量に、情報がぎっしり。第1部では2013年時点で新刊が手に入るものに絞って、1929年の「毒入りチョコレート事件」から2010年「二流小説家」まで、原書刊行順に100冊を紹介。1作わずか3ページなのに、あらすじ、おもしろポイント、シリーズ作品などの解説に加えて、類書を数冊ずつ挙げている。さらに第2部では、第1部で涙を飲んで割愛した古典やら、新刊が手に入りにくい名作やらをリコメンド。著者の膨大な読書量には、恐れ入るしかない。
本格から探偵もの、冒険もの、伝奇などなど、ジャンルの議論に深入りせず、ミステリーというものの幅広さ、懐の深さを示している。そんな本書の姿勢には深く共感。個人的に、面白いエンタテインメントには、たいがいミステリーの要素があると雑駁に捉えているから。ただただ、面白本が好きで、おススメしたいという熱さ、歯切れの良さが心地よい。新文庫シリーズ創刊の1冊。(2014・1)