隅っこの四季
子どもたちは「お正月様」と言い、おとなは単に「正月様」と言っていた。
七歳の私は、お正月様は餅つきのことだ、と思っていた。餅つきの若い衆が三、四人、どこからか村にやって来る。それがお正月様が来ることだった。
「隅っこの四季」出久根達郎著(岩波書店)
名手、出久根さんのエッセイ集。2006年から2011年に「日経MJ」や雑誌に掲載された文章を集めた。ふとした暮らしの断片から、豊かな季節感、懐かしい家族、友人にまつわる記憶が立ち上がる。「はしがきにかえて」にあるように、「散文でつづる生活句集」だ。
決してお説教臭く主張するわけではないのに、読む者に大切なものを思い出させる、文章の力。大震災前後のヘビーな日々でも、そんな味わいは変わらない。例えば被災した馴染みの鮮魚店と、かつて著者が経営する古書店で漱石全集を求めた女性の印象深いエピソード。圧倒的な悲しみに直面しながらも、生活は続いていく。時にユーモアさえ漂わせながら。
特に私が好きなのは、時折登場するご母堂の逸話だ。子供が独立するとき、自分が写った写真を持ち出してしまうために、虫食いになった家族のアルバムを眺めて、愚痴っていたという。ほんの数行に、親というものの誇らしさ、寂しさが漂う。(2013・10)
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