路(ルウ)
春香は、「やっぱりきれいだ」と小さく呟き、男の子の頭を撫でた。「何が見える?」と男の子が訊いてくる。春香は、「全部」と応えて、またそのチクチクする頭を撫でた。
「路」吉田修一著(文藝春秋) ISBN 9784163817903
1999年、台湾高速鉄道の建設を日本企業連合が受注する。それから2007年開業までの、日本、台湾に生きる市井の人々の思いとつながり。
数年前に台湾を旅して台湾高速鉄道に乗ったとき、噂には聞いていたけれど、何もかもが日本の新幹線にそっくりなので、こそばゆい気がしたものだ。ミステリーから青春小説まで、1作ごとに全く違うテイストで楽しませてくれる著者。今回の題材はかつての「プロジェクトX」ばりだが、ベタな感動物語は一切ない。
総合商社入社4年目で台湾新幹線プロジェクトに派遣され、いきいきと働くヒロイン春香と、学生時代の台湾旅行でつかの間出会った若者・人豪との淡い恋を軸に、妻と軋轢を抱える上司、終戦まで台湾で育ち、ある後悔を忘れずにいる元エンジニア、整備工場に夢を託す台湾青年らを描く群像劇。人の心の支えとは何なのかが、しみじみと胸にしみて、450ページ近い厚みが全く気にならない。巧いなあ。
人間ドラマはもちろんだが、細やかに描き込まれた台湾の風土の美しさが、全編の空気を形づくっている。春香が台北の屋台でふと、街角の活気を目に焼き付けるシーンが印象的。そして南国らしいグァバ畑の緑、激しいスコール、何より人々の精神の伸びやかさ。人豪の謙虚ではあるが謙虚すぎない、相手に重荷を感じさせない自然な親しさがその象徴だろう。正しい距離、というものを考えさせる。もちろん、共同プロジェクトの過程では「予定は予定であって決定ではない」という大らかさに、几帳面な日本人がイライラして胃を痛くするシーンなんかもあるわけだが。
風土と精神という視点については、司馬遼太郎「台湾紀行」を思い出すところもあった。魅力的というだけでなく、複雑な国際関係(章ごとに挟まる新幹線報道のほとんどが産経新聞なのは偶然ではないだろう)や、日本、台湾を襲った未曾有の震災といった試練にも触れている。やっぱり気になる作家さんです。(2013・9)
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