舟を編む
「うん。では、『しま』だったら、どう説明する」
「ストライプ、アイランド、地名の志摩、『よこしま』や『さかしま』のしま、揣摩憶測するの揣摩、仏教用語の四魔……」
馬締が、「しま」という音から導きだされる単語の候補を次々に挙げだしたので、荒木は急いでさえぎった。
「アイランドの『島』だ」
「そうですねえ。『まわりを水に囲まれた陸地』でしょうか。いや、それだけではたりないな。江の島は一部が陸とつながっているけれど、島だ。となると」
「舟を編む」三浦しをん著(光文社) 9784334927769
新しい辞書「大渡海」の出版に情熱を傾ける、生まれついての言葉の虫・馬締。そして同僚のベテラン編集者・荒木、お調子者の西岡、ファッション誌からまさかの転属となった岸辺らが抱く、仕事への思い。
2012年の本屋大賞、キノベス第1位の作品をようやく読む。鉄紺に銀の題字をあしらったカバーが美しく、そんな装丁のイメージ同様、内容も爽やかだ。
2012年の本屋大賞、キノベス第1位の作品をようやく読む。250ページ強と、意外にコンパクト。鉄紺に銀の題字のカバーが美しく、そんな装丁のイメージ通りに、内容も爽やかだ。
辞書編集という特殊な職場を舞台にしているので、収録語をどうチョイスするか、軽くてめくりやすい用紙をどう開発するか、などなど門外漢を驚かす裏話がたっぷり盛り込まれてはいる。けれど、決して蘊蓄が主体なわけではない。
物語を引っ張るのは、なんといっても馬締の独特のキャラクターだ。不器用で真摯で、とても魅力的。さらに彼と触れあうことで、周囲の西岡や岸辺が戸惑いながらも、自分なりの働きがい、頑張りがいを見つけていく姿に、ドラマがある。正統的な働く人応援小説だ。
さらにはアパートの大家、タケおばあさんや、片時も用例採集カードを手放さない辞書監修の大黒柱・松本先生ら、個性ある脇役にもしっかり目が行き届いている。特に、馬締が運命的な恋に落ちる香具矢の造形が、美女だけど料理人としてなかなか男前な性格で秀逸だ。さらっと読めて、楽しい一冊です。(2013・9)