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September 29, 2013

舟を編む

「うん。では、『しま』だったら、どう説明する」
「ストライプ、アイランド、地名の志摩、『よこしま』や『さかしま』のしま、揣摩憶測するの揣摩、仏教用語の四魔……」
 馬締が、「しま」という音から導きだされる単語の候補を次々に挙げだしたので、荒木は急いでさえぎった。
「アイランドの『島』だ」
「そうですねえ。『まわりを水に囲まれた陸地』でしょうか。いや、それだけではたりないな。江の島は一部が陸とつながっているけれど、島だ。となると」

「舟を編む」三浦しをん著(光文社)   9784334927769

新しい辞書「大渡海」の出版に情熱を傾ける、生まれついての言葉の虫・馬締。そして同僚のベテラン編集者・荒木、お調子者の西岡、ファッション誌からまさかの転属となった岸辺らが抱く、仕事への思い。

2012年の本屋大賞、キノベス第1位の作品をようやく読む。鉄紺に銀の題字をあしらったカバーが美しく、そんな装丁のイメージ同様、内容も爽やかだ。

2012年の本屋大賞、キノベス第1位の作品をようやく読む。250ページ強と、意外にコンパクト。鉄紺に銀の題字のカバーが美しく、そんな装丁のイメージ通りに、内容も爽やかだ。

辞書編集という特殊な職場を舞台にしているので、収録語をどうチョイスするか、軽くてめくりやすい用紙をどう開発するか、などなど門外漢を驚かす裏話がたっぷり盛り込まれてはいる。けれど、決して蘊蓄が主体なわけではない。
物語を引っ張るのは、なんといっても馬締の独特のキャラクターだ。不器用で真摯で、とても魅力的。さらに彼と触れあうことで、周囲の西岡や岸辺が戸惑いながらも、自分なりの働きがい、頑張りがいを見つけていく姿に、ドラマがある。正統的な働く人応援小説だ。

さらにはアパートの大家、タケおばあさんや、片時も用例採集カードを手放さない辞書監修の大黒柱・松本先生ら、個性ある脇役にもしっかり目が行き届いている。特に、馬締が運命的な恋に落ちる香具矢の造形が、美女だけど料理人としてなかなか男前な性格で秀逸だ。さらっと読めて、楽しい一冊です。(2013・9)

September 23, 2013

楽しい古事記

ヤマトタケルの伝承が各地に残っているのも、その成立の経緯を考えれば納得のいくことである。エピソードは諸国から集められ、白鳥となって諸国へ飛び帰って行ったわけである。

「楽しい古事記」阿刀田高著(角川文庫) ISBN 9784041576236

式年遷宮のお伊勢さん参りを前に、神話の世界を覗き見る。作家が古典を易しく読み解いたシリーズの一冊だ。

古事記は712年に成立した日本初の歴史書で、律令国家が成立したころ、朝廷の正当性や時の有力な一族の来歴を確かなものにする目的で編まれたとされる。しかし著者は議論百出の史実の探究とかはどんどん省いて、物語としての楽しさに的を絞って紹介している。

ギリシャ神話のように人間くさい、神々による大らかな国造り。あるいは英雄ヤマトタケルの悲劇、ストレートに思いを伝える歌の数々。正直、現代人にとって面白いエピソードばかりではないけれど、改めて古代人の豊かなイマジネーションに触れる思いだ。

著者はまた、伝承の舞台とされる土地をあちこちたずね歩いている。偶然出会う地元の人が、ごく自然に古事記のエピソードを口にしたり、あるいは全く知らなかったり。思い入れ過ぎずに、どこか淡々と、突き放した筆致に好感が持てる。(2013・9)

September 08, 2013

路(ルウ)

春香は、「やっぱりきれいだ」と小さく呟き、男の子の頭を撫でた。「何が見える?」と男の子が訊いてくる。春香は、「全部」と応えて、またそのチクチクする頭を撫でた。

「路」吉田修一著(文藝春秋) ISBN 9784163817903

1999年、台湾高速鉄道の建設を日本企業連合が受注する。それから2007年開業までの、日本、台湾に生きる市井の人々の思いとつながり。

数年前に台湾を旅して台湾高速鉄道に乗ったとき、噂には聞いていたけれど、何もかもが日本の新幹線にそっくりなので、こそばゆい気がしたものだ。ミステリーから青春小説まで、1作ごとに全く違うテイストで楽しませてくれる著者。今回の題材はかつての「プロジェクトX」ばりだが、ベタな感動物語は一切ない。
総合商社入社4年目で台湾新幹線プロジェクトに派遣され、いきいきと働くヒロイン春香と、学生時代の台湾旅行でつかの間出会った若者・人豪との淡い恋を軸に、妻と軋轢を抱える上司、終戦まで台湾で育ち、ある後悔を忘れずにいる元エンジニア、整備工場に夢を託す台湾青年らを描く群像劇。人の心の支えとは何なのかが、しみじみと胸にしみて、450ページ近い厚みが全く気にならない。巧いなあ。

人間ドラマはもちろんだが、細やかに描き込まれた台湾の風土の美しさが、全編の空気を形づくっている。春香が台北の屋台でふと、街角の活気を目に焼き付けるシーンが印象的。そして南国らしいグァバ畑の緑、激しいスコール、何より人々の精神の伸びやかさ。人豪の謙虚ではあるが謙虚すぎない、相手に重荷を感じさせない自然な親しさがその象徴だろう。正しい距離、というものを考えさせる。もちろん、共同プロジェクトの過程では「予定は予定であって決定ではない」という大らかさに、几帳面な日本人がイライラして胃を痛くするシーンなんかもあるわけだが。

風土と精神という視点については、司馬遼太郎「台湾紀行」を思い出すところもあった。魅力的というだけでなく、複雑な国際関係(章ごとに挟まる新幹線報道のほとんどが産経新聞なのは偶然ではないだろう)や、日本、台湾を襲った未曾有の震災といった試練にも触れている。やっぱり気になる作家さんです。(2013・9)

September 07, 2013

5年後、メディアは稼げるか

NYTは銀座の三越でしょうか。お上りさんもたくさんいますが、毎週、毎日のようにショッピングに訪れる常連客も多いわけです。この忠誠心の違い、リピーターの比率の違いが、有料化における両者の明暗につながっているのです。

「5年後、メディアは稼げるか-MANETIZE OR DIE?」佐々木紀彦著(東洋経済新報社) ISBN:9784492762127

1979年生まれの東洋経済オンライン編集長が、伝統的紙メディアがウェブでどう収益を上げていくかを考察。電子書籍で。
雑誌と比較して「読まれるサイトの作り方」を述べた導入部は、自らの体験に基づいていて実感がある。ウェブはパッケージではないので、統一感より多様性が大事だとか、ちょっと下品な断言や本音、個人の主観が好まれるとか。
その上でどう稼ぐかがテーマになるわけだが、著者は資料を縦横に引用してニューヨーク・タイムズなど海外の事例を挙げ、広告モデルや有料モデルの勘所を解きほぐす。有料化にはまず無料サイトとしての実績が必要、成功の指標は「中毒性」、といった指摘がまた実践的だ。
組織や人材の要件については30代以下が担うべき、と主張。これもテクノロジーの進化を考えると、もっともなところだろう。ビジョンをまじえず、ウェブメディアの現在を整理できる一冊。(2013・9)

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