翔ぶ梅
贔屓のひとりが、掛けかけた声を途中で呑み込んだ。
俯き加減の立ち姿が、客の目を引きつけた。
「翔ぶ梅 濱次お役者双六三ます目」田牧大和著(講談社文庫) ISBN 9784062774284
大部屋女形、濱次の成長を描くシリーズ3作目を、文庫オリジナルで。舞台でとちった役者が詫びとして楽屋中にふるまう蕎麦をめぐる「とちり蕎麦」、濱次に天下の中村座から引き抜き話が持ち込まれる「縁」、そして早世した初代有島香風の伝説の舞「翔ぶ梅」の誕生譚の3編だ。
いつもながら江戸の芝居小屋の、ざわざわした雰囲気が楽しい。中2階たちの気楽なおしゃべりや、ドスのきいた座元の江戸弁、茶屋のやり手女将の啖呵なんかが、きこえてくるようだ。人気演目や文楽の見せ場「後ろ振り」が登場するあたり、舞台好きにはたまりません。
主人公の濱次は相変わらず、才能があるのに欲が無く、演じてさえいれば稽古だけでも満足しちゃう「根の深い芝居莫迦」。それでも周囲の後押しで、少しずつ名題への階段を昇りつつある。スターになれない大部屋役者の悲しみ、なけなしの意地を背負って。読む者も思わず応援したくなる。次はどんな役を演じてくれるのかな。ちゃんとした歌舞伎の人なら映像化もありかな。(2013・8)
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