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August 25, 2013

翔ぶ梅

贔屓のひとりが、掛けかけた声を途中で呑み込んだ。
俯き加減の立ち姿が、客の目を引きつけた。

「翔ぶ梅 濱次お役者双六三ます目」田牧大和著(講談社文庫) ISBN 9784062774284

大部屋女形、濱次の成長を描くシリーズ3作目を、文庫オリジナルで。舞台でとちった役者が詫びとして楽屋中にふるまう蕎麦をめぐる「とちり蕎麦」、濱次に天下の中村座から引き抜き話が持ち込まれる「縁」、そして早世した初代有島香風の伝説の舞「翔ぶ梅」の誕生譚の3編だ。

いつもながら江戸の芝居小屋の、ざわざわした雰囲気が楽しい。中2階たちの気楽なおしゃべりや、ドスのきいた座元の江戸弁、茶屋のやり手女将の啖呵なんかが、きこえてくるようだ。人気演目や文楽の見せ場「後ろ振り」が登場するあたり、舞台好きにはたまりません。

主人公の濱次は相変わらず、才能があるのに欲が無く、演じてさえいれば稽古だけでも満足しちゃう「根の深い芝居莫迦」。それでも周囲の後押しで、少しずつ名題への階段を昇りつつある。スターになれない大部屋役者の悲しみ、なけなしの意地を背負って。読む者も思わず応援したくなる。次はどんな役を演じてくれるのかな。ちゃんとした歌舞伎の人なら映像化もありかな。(2013・8)

清洲会議

業務連絡です。羽柴秀吉様は、当初、他の方々と同様、城内に宿泊される予定でしたが、寝泊まりは城の外にして欲しいという申し出が昨日になって届き、急遽、ご城下の西覚寺に宿を置くことになりました。関連の各パート、よろしくお願いします。

「清須会議」三谷幸喜著(幻冬舎文庫)  ISBN 9784344420557

信長なき後の1582年、尾張の清須城で織田家後継を決める会議が開かれた。歴史の分岐点のひとつとなった5日間を、当事者たちのモノローグ(現代語訳)で活写する。文庫で一気読み。

かねて大河ドラマファンを公言しており、かつ個性を生かす「アテ書き」の達人・三谷さんらしい、イキイキとした時代エンタメ小説だ。あえて戦場でなく会議という目のつけどころが絶妙だし、なにしろキャラが立っている。無骨でお人好しな武将柴田勝家と、はしこくて周到に人の心を操る羽柴秀吉との鮮やかな対比。人物像がそのまま、群雄割拠から天下統一へという時代のうねりを映す。2人を翻弄する、美しく高慢なお市の方ら女性陣も魅力たっぷりだ。やっぱり戦国と幕末はドラマチックだなあ。

会議というものの、現代に通じる要素が散りばめられているのも楽しい。勝敗を決めるのは根回し、ということで、馬鹿馬鹿しくも激しい心理戦が続き、形勢は二転三転。卷半ばまで肝心の本会議が始まらないのだ。
思わず拍手しちゃうのは、およそ戦国らしくない裏方の活躍。特に文官・前田玄以の訓辞がいちいちふるっている。スケジュールの伝達や会場設営、武将と随行員たちの宿、食事まで一切を仕切り、てきぱきとして実に細かい。「ザ・総務部」って何をするにも大切なんだよなあ。そんな段取りをのほほんと手伝っている「きゅーきゅー」こと堀秀政が、実はキーマンだったりするし。

大好きな大泉洋をはじめ、役所広司、小日向文世、佐藤浩市、鈴木京香ら豪華キャストで映画化。生前の「更科六兵衛」も登場するという遊びっぷり、楽しみです。(2013・8)

想像ラジオ

世界が悪い方に向がわねように、草助は嫌な言葉を聞ぐ度にくるっと体を回して、言ってみれば未来を変えでるんだ。

「想像ラジオ」いとうせいこう著(河出書房新社) ISBN 9784309021720

著者16年ぶりの長編を電子書籍で。震災の犠牲者の思いがこの世に残り、ラジオパーソナリティとなって人々の想像に届く「放送」を始める物語だ。芥川賞候補としても話題になった。

あまりにリアルな震災の悲劇と、軽妙なDJ口調がミスマッチで、正直、中盤までは読んでいてしっくりこなかった。そういう読者は、決して少なくないと思う。
著者の姿勢が真摯であることは疑いない。おしゃべりが聞こえるかどうか、聞こえることを認めるかどうか。当事者でない者、さしたることもできずにいる者の関わり方を問いかける。簡単に答えは出せないだろう。それを十分自覚し、悩んだり絶望したりしながらも、書かずにはいられなかったのではないか。
DJアークはリスナーから届く、些細で大切な日常を伝えていく。終盤、アーク自身が回想する息子・草助の子供時代のエピソードが美しい。(2013・8)

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