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June 26, 2013

旧訳聖書を知っていますか

嘆きの壁の風景は、異教徒には少々異様に映るが、なにしろここは四千年の歴史が生きている国なのである。

「旧訳聖書を知っていますか」阿刀田高著(新潮文庫) ISBN 9784101255194

奇跡の指導者モーセ、勇者サムソンと美女デリラ、偉大な王ダビデにソロモン。個人的な中東強化月間で、まずは聖書を易しく解説した作家のエッセーを読んだ。
著者は神話や詩の要素を紹介しつつ、全体にはイスラエル史の部分にかなり行数を割いている。有能な指導者ヨシュアとか、勉強不足なせいで、よく知らないエピソードがけっこうあって興味深い。民族の古代史が信仰の対象になって、脈々と受け継がれていることの重みを感じる。
この古典はバビロン捕囚を題材にしたオペラ「ナブッコ」とか、ミケランジェロからレンブラントに至る絵画とか、西洋文化鑑賞のベースでもあると、改めて思う。もちろんダイジェストを読んだくらいでは、そうそう身に付かないのだけれど。
同じ著者の「新約聖書を知っていますか」(新潮文庫)も併読。(2013・6)

June 24, 2013

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

そして現実の人生に復帰していく。しっかりそいつを生きるんだな。いくら薄っぺらで平板であっても、この人生には生きるだけの価値がある。

「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」村上春樹著(文藝春秋) ISBN 9784163821108

多崎つくる、36歳は、鉄道駅を設計するエンジニア。学生時代、とても幸福だった友人関係を失って、人生が暗転した経験をもつ。そして年上の恋人から、その時何が起こったかを知るべきだと告げられる。

言わずと知れた2013年の書き下ろしベストセラーを読む。著者3年ぶりの長編には、近年目立っていたブラックなファンタジーや暴力の匂いは薄く、リアルな青春の影を題材にしていて、どこか1987年の「ノルウェイの森」を思わせる。
もっとも、自ら死期が近いと語ったジャズピアニストの印象的な挿話あたりでは、現実から浮遊したイマジネーションがかき立てられる。「村上節」の健在ぶりが、なんだか嬉しい。

フェイスブックやツイッターで、個人情報がたやすく手に入る時代に生きながら、人と人は容易に分かり合えない。「世界で最も乗降客の多い駅」を擁する社会であっても、そこには何ら、人間らしいつながりは見いだせない。現代人の、まっとうで誠実な暮らしぶりに潜んでいる、底なしの虚無。
しかし虚無を自覚した淡々とした筆致から、やがて、どこかへ向かって踏み出そうとする、静かで強い思いが立ち上る。そのどこかが、はっきりとは見えなくても。(2013・5)

June 19, 2013

街道をゆく8 熊野・古座街道、種子島みちほか

熊野・古座川筋のKさんの村では、かつて日本の村のほとんどがそうであったように、家々は戸締りはしなかった。泥棒など入らないからだが、もし仮に戸締りなどをすれば若衆に迷惑がかかるのである。

「街道をゆく8 熊野・古座街道、種子島みちほか」司馬遼太郎著(朝日文庫)  ISBN 9784022644473

春、熊野に足を運んだのをきっかけに、あまりにも有名な紀行シリーズの1冊を手にとった。
著者が熊野を旅したのは1970年代の「翔ぶが如く」執筆中。西南戦争勃発のベースとなったのが鹿児島の私学校で、それに通じる土壌を南方の「若衆組」に見ていたからだという。昨今のいわゆる「巡礼プラス観光」としての熊野像とは視点が異なるが、土地に息づく社会と風土に関する思索は刺激的だ。
いつもながら筆致が明るくて、闊達さを愛する雰囲気も読んでいて心地良い。収穫を急がず、気まま、のんびりとウロウロしているようでいて、しっかり観察している。ほかに、それぞれ独特の文化を味わう「豊後・日田街道」「大和丹生川(西吉野)街道」「種子島みち」を収録。(2013・6)

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