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May 24, 2013

わたしがいなかった街で

 日々の中にあることが、ばらばらに外れてきた。
 長い間そうだったが、このところ特にまとまらない感じがする。

「わたしがいなかった街で」柴崎友香著(新潮社) ISBN 9784103018322

2010年、「わたし」は36歳。離婚したばかりで、契約社員として働きながら、東京にひとり暮らししている。どちらかというと不器用で、人付き合いが苦手。戦時中の作家の日記を読んだり、テレビのドキュメント番組を観たりして、時間や距離を隔てた戦争のことを思い浮かべてばかりいる。
無彩色の日常から地続きのところに、かつて圧倒的な暴力や苦しみがあった。そんな不思議さをずうっと抱えている、わたし。とても読みやすいのだけれど、特別な人物は登場しないし、事件も起こらないちょっと掴みどころのない文章から、居心地の悪さがしみ出す。

誰かと関わっても、ずっと会わずにいたら死んでしまった人と同じなのか。いや、私がいつか会えるかもしれないと思い続けるなら、その誰かは死んでしまった人とは違う、というフレーズが印象的だ。自他の存在とか、「つながる」というフレーズの、なんと不確かなことか。それでも決してシニカルにはなっていない。読み進むうち、現代を生きるささやかな普通人の感覚が胸に広がっていく。

わたしのモノローグの間にあまり脈絡なく、行方不明の知人の、大阪に住む妹という女性の日常が紛れ込む。終盤になって、その妹が偶然目にする光景の鮮やかさに、不意をつかれた。なかなか一筋縄でいかない作家さんです。短編「ここで、ここで」を同時収録。電子版で。(2013・5)

May 12, 2013

双頭のバビロン

 双頭のバビロン? 口にするな。せっかく押さえつけて箱に詰め、錠前をかけたのだ。

「双頭のバビロン」皆川博子著 東京創元社 ISBN 9784488024932

帝政末期のウイーン、ボヘミアから無声映画時代のハリウッド、さらに猥雑な上海へ。わけあって幼いうちに引き離された双子のゲオルク、ユリアンの兄弟と、2人の人生に寄り添うツヴェンゲルの流転の運命を綴る。

1930年生まれというベテラン作家の長編を初読み。章によって語り手の視点を変えつつ、2段組み、530ページ強をぐいぐい引っ張っていく。感動するという感覚とは違うのだけど、緻密な物語を2年以上にわたって紡ぎきる気力には、まずもって脱帽だ。
幻想小説であり、歴史小説でもあり、ところどころハードボイルドな場面もあって、多彩な味わいが贅沢。なかでもアメリカ映画界黎明期の、内幕もの風のくだりが興味をそそる。シュトロハイム(「サンセット大通り」の執事ですね)に想を得たというゲオルクの存在感がリアルだ。
そのうえ美少年、手品めいた超能力、古城といった、妄想アイテムも盛りだくさん。つくづくサービス精神が豊富な作家だなあ。このへんは好みが分かれると思うけど、好きな人にはたまらないでしょう。
全編で一本筋を通しているのが記憶の錯綜、混濁という謎。これがラストまで読み手を幻惑する。(2013・5)

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