ソロモンの偽証
「橋田君は今も、やってないって言ってるんだ……」
ゆっくりと噛み締めるつもりで、涼子は呟いた。橋田君はやってない。この言葉は、噛んだらどんな歯ごたえと味がするだろう。
わからない味だった。「わからない」という言葉の味わい。
「ソロモンの偽証」宮部みゆき著(新潮社) ISBN: 9784103750109 ISBN: 9784103750116 ISBN: 9784103750123
雪のクリスマスの朝。城東第三中学校で一人の男子生徒が遺体で発見される。相次ぐ事件、匿名の告発状と衝撃的なテレビ報道。振り回され、傷ついた生徒たちは中三の夏の課外活動で、1週間の陪審制の法廷を開いて、真相を知ろうと決意するーー。
第1部「事件」、第2部「決意」、第3部「法廷」の分厚い3分冊で計2100ページ超をようやく読了した。2012年の各種ベストはどたんばで「64」にさらわれたけれど、これほどのボリュームを書ききっちゃう著者の力技は、それだけで十分事件だ。登場人物一人ひとりの人物、背景を丁寧に掘り下げながら、10年の時間をかけても決してぶれない、宮部節の神髄が全開。
いじめや自殺という題材のタイムリーさが注目されたけど、舞台設定は1990年、連載スタートは2002年なんだから、もちろん2012年を意識したストーリーではない。それでも時代性をはらんでしまうのは、この作家ならではの才能かも。
個人的には学園ものは苦手だ。優等生、人気者といったいかにもなキャラクターが出てくると、こそばゆく感じてしまう。本作でも、そういう要素は否めない。そもそも疑似裁判という設定がわざとらしいし、どうみたってこの14歳たちの明晰さは出来過ぎ。ミステリーとしての意外感も薄いかもしれない。
だけど物語には、そういうマイナスを吹き飛ばす強い牽引力がある。少年少女たちの一筋縄でいかない造形と、彼らを突き動かし、やがて周囲を巻き込んでいく真摯さ。タイトルのソロモンは知恵の王だ。時間をかけて考えに考え抜いた末、ひとつの罪が正体を現す。それは、わからずにいること、知ろうとしないことの罪。読む者も思わず胸に手を置いちゃう。重い結末に、一筋の光が差し込む。(2013・3)
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