浄瑠璃を読もう
この「主人の複雑な状況を全く推測しない新入りの腰元お軽」は、「今どきの新人OL」と考えて一向に間違いがない。こういう女性が登場してしまうところが、『仮名手本忠臣蔵』のすごさである。
「浄瑠璃を読もう」橋本治著(新潮社) ISBN: 9784104061136
数カ月前に「ボクの四谷怪談」という舞台を観た。橋本治作で、題名通り歌舞伎の四谷怪談をベースにした戯曲だが、執筆はデビュー前の学生時代というから、造詣の深さは筋金入りだ。そんな作家が人形浄瑠璃=文楽のシナリオである「丸本」を読み解く。丸本はシナリオといっても太夫が語る歌詞であり、セリフであり、ト書きや状況説明でもある。
乏しいながら個人的な鑑賞経験からいうと、文楽はまずは音楽劇だと思う。合奏のシーンもあるけれど、基本は太夫ひとり、三味線ひとりだけによる世界最小規模のオペラ。そこに、時として魔法のような演技力を発揮する人形が加わる。聴きどころ見どころが多すぎて正直、ちゃんと床本を読む機会はなかった。
そして文楽のストーリーには、理解に苦しむ展開が多々ある。忠義のためにわが子を犠牲にしちゃう、義理のためにあれよあれよという間に自害しちゃう。江戸時代の物語なんだし、そんなものかなあ、と考えることにしていたが、橋本治は決して見逃さない。無茶、不可解、脈絡の飛躍を遠慮なく指摘しつつ、時代背景からくる必然性や、無茶だからこそのパワーを説いていく。けっこう独断満載だろうけれど、古典への深い愛が感じられる。
例えば今年の三谷文楽にも登場した「大近松」の分析が面白い。近松の時代にはまだ人形が一人遣いのシンプルなツメ人形だったので、今に伝わる三人遣いほど「演技力」がなかった。だからトータル・エンタテインメントとしての上演しやすさをさほど意識せず、ただ書きたいことを書いている、というのだ。そう思うと「冥途の飛脚」の現代性、文学性にもうなずける。劇場通いがまた楽しくなる1冊。
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