64
たまたまが一生になることもあるーー。
「64」横山秀夫著(文藝春秋) ISBN: 9784163818405
昭和最後の年に起きた、D県警史上最悪の未解決誘拐事件、通称「64(ロクヨン)」。その重荷と経緯が、組織を揺るがす。辛い立場に追い込まれた広報官、三上義信がとった行動とは。
「半落ち」「クライマーズ・ハイ」のヒットメーカーが、心身の不調を経て実に7年ぶりで復活を果たした話題作。しかも著者らしく、組織と個人の葛藤や普通の仕事人の誇りとかを、じっくり書き込んでいる。冒頭に「書きおろし1451枚」と表記。最近はすっかり電子書籍づいていた私だけれど、本作ばっかりは紙で、650ページ近い厚さをずっしり味わいながら読んだ。
正直、滑り出しは読んでいてどうにも息苦しい気がした。三上は刑事として、成果を出してきたことに自負を持つ。意に染まない広報の仕事に転じて、警察とメディア、警察内の刑事部と警務部という軋轢に否応なく巻き込まれ、煩悶する。仕事そのものもさることながら、やりがいの無さと自意識とのギャップからくる、砂を噛むような思い。どんな組織に身を置く者にも、多かれ少なかれ覚えがある状況だから、それを繰り返されるのは勘弁だなあ、と感じないでもなかった。
しかし、さすが横山秀夫。苦しんでいるばかりではない。隠蔽された驚愕の事実の発掘、そして新たなる事件の発生と、どんどんサスペンスが高まり、緊張とスピード感が加速していく。三上も果敢に行動する。さらには部下や同期のライバル、家族ら、三上を取り巻く一人ひとりの思いがそれぞれに切実で、胸に染みいる。
必ずしもすべての問題がすっきり解決するわけではないけれど、そこがまた現実的で、大人の読み物といえるだろう。人には、腹をくくらなければならないときがあるのだ。(2012・12)