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December 23, 2012

64

たまたまが一生になることもあるーー。

「64」横山秀夫著(文藝春秋) ISBN: 9784163818405

昭和最後の年に起きた、D県警史上最悪の未解決誘拐事件、通称「64(ロクヨン)」。その重荷と経緯が、組織を揺るがす。辛い立場に追い込まれた広報官、三上義信がとった行動とは。

「半落ち」「クライマーズ・ハイ」のヒットメーカーが、心身の不調を経て実に7年ぶりで復活を果たした話題作。しかも著者らしく、組織と個人の葛藤や普通の仕事人の誇りとかを、じっくり書き込んでいる。冒頭に「書きおろし1451枚」と表記。最近はすっかり電子書籍づいていた私だけれど、本作ばっかりは紙で、650ページ近い厚さをずっしり味わいながら読んだ。

正直、滑り出しは読んでいてどうにも息苦しい気がした。三上は刑事として、成果を出してきたことに自負を持つ。意に染まない広報の仕事に転じて、警察とメディア、警察内の刑事部と警務部という軋轢に否応なく巻き込まれ、煩悶する。仕事そのものもさることながら、やりがいの無さと自意識とのギャップからくる、砂を噛むような思い。どんな組織に身を置く者にも、多かれ少なかれ覚えがある状況だから、それを繰り返されるのは勘弁だなあ、と感じないでもなかった。

しかし、さすが横山秀夫。苦しんでいるばかりではない。隠蔽された驚愕の事実の発掘、そして新たなる事件の発生と、どんどんサスペンスが高まり、緊張とスピード感が加速していく。三上も果敢に行動する。さらには部下や同期のライバル、家族ら、三上を取り巻く一人ひとりの思いがそれぞれに切実で、胸に染みいる。
必ずしもすべての問題がすっきり解決するわけではないけれど、そこがまた現実的で、大人の読み物といえるだろう。人には、腹をくくらなければならないときがあるのだ。(2012・12)

December 15, 2012

湿地

「この話はすべてが広大な北の湿地のようなものだ」
 エーレンデュルは黙り込み、エヴァ=リンドもなにも言わずに静かに座っていた。
 しばらくして彼女は立ち上がると、父親のそばに腰を下ろした。両腕を父親にまわして、しっかりと抱きしめた。

「湿地」アーナルデュル・インドリダソン著(東京創元社) ISBN: 9784488013431

レイキャビィク、10月。北の湿地(ノルデユルミリ)にある石造りのアパートで、ひとり暮らしの老人が死体で見つかった。現場に残された謎のメッセージを刑事エーレンデュルが追う。
最近話題の北欧ミステリー、初邦訳のアイスランドの作家を読む。陰鬱な空気が立ちこめる雰囲気は、土地柄なのだろうか。何しろ全編、雨が降っているのだ。勉強不足で、アイスランド人の名前には姓がないということを初めて知った。
謎解きにもアイスランド独自の事情が反映しており、いろいろ発見があって興味深い。けれど読後感はそういうこととは関係なく、馴染み深い国の小説を読むのと変わらなかった。不器用だけど粘り強い刑事の捜査、次第に明らかになる過去と家族の悲劇。終盤のスピード感、そして幕切れには苦い思いを抱えつつも、じんわりと主人公の人生の再生が予感される。
決して大上段に構えてはいないが、確かな読み応えだ。寂しくて冴えない中年の、でも誠実な主人公の造形が魅力的。柳沢由実子訳。(2012・11)

浄瑠璃を読もう

この「主人の複雑な状況を全く推測しない新入りの腰元お軽」は、「今どきの新人OL」と考えて一向に間違いがない。こういう女性が登場してしまうところが、『仮名手本忠臣蔵』のすごさである。

「浄瑠璃を読もう」橋本治著(新潮社) ISBN: 9784104061136

数カ月前に「ボクの四谷怪談」という舞台を観た。橋本治作で、題名通り歌舞伎の四谷怪談をベースにした戯曲だが、執筆はデビュー前の学生時代というから、造詣の深さは筋金入りだ。そんな作家が人形浄瑠璃=文楽のシナリオである「丸本」を読み解く。丸本はシナリオといっても太夫が語る歌詞であり、セリフであり、ト書きや状況説明でもある。

乏しいながら個人的な鑑賞経験からいうと、文楽はまずは音楽劇だと思う。合奏のシーンもあるけれど、基本は太夫ひとり、三味線ひとりだけによる世界最小規模のオペラ。そこに、時として魔法のような演技力を発揮する人形が加わる。聴きどころ見どころが多すぎて正直、ちゃんと床本を読む機会はなかった。

そして文楽のストーリーには、理解に苦しむ展開が多々ある。忠義のためにわが子を犠牲にしちゃう、義理のためにあれよあれよという間に自害しちゃう。江戸時代の物語なんだし、そんなものかなあ、と考えることにしていたが、橋本治は決して見逃さない。無茶、不可解、脈絡の飛躍を遠慮なく指摘しつつ、時代背景からくる必然性や、無茶だからこそのパワーを説いていく。けっこう独断満載だろうけれど、古典への深い愛が感じられる。
例えば今年の三谷文楽にも登場した「大近松」の分析が面白い。近松の時代にはまだ人形が一人遣いのシンプルなツメ人形だったので、今に伝わる三人遣いほど「演技力」がなかった。だからトータル・エンタテインメントとしての上演しやすさをさほど意識せず、ただ書きたいことを書いている、というのだ。そう思うと「冥途の飛脚」の現代性、文学性にもうなずける。劇場通いがまた楽しくなる1冊。

December 06, 2012

象の消滅

「暑いわね」と娘が僕に言った。
「暑いね」と僕も言った。
 やれやれ、とまた僕は思った。今日いちにち、話しかけてくるのは女ばかりだ。

「象の消滅 村上春樹短編選集1980-1991」村上春樹著(新潮社) ISBN: 9784103534167

米クノップフ社が1993年に出版した短篇集を日本語版で読む。「ニューヨークが選んだハルキ」だ。本のデザインも洋書風にしたのか、黄色い小口がペーパーバックのようでお洒落。著者自身の前書きによると、「TVピープル」で「ニューヨーカーに載った最初の日本人作家」となったのが1990年のことだ。そしてこの日本語版が出た2005年は、ちょうど「海辺のカフカ」の英訳がニューヨーク・タイムズで「今年の10冊」に選ばれたころ。国際的作家の足跡に思いをはせつつ、今となっては懐かしい初期の17篇をぽつりぽつりと読んだ。

あまたいるハルキファンに比べれば、私は決して作風に精通しているわけではないけれど、長編でいえば「ねじまき鳥クロニクル」(1992年の連載)以前にあたるせいか、どの短編にも理不尽な暴力とか悪とかは登場しない。その代わり、私たちを取り巻く現実と自身の内面との微妙な、しかし決定的なずれが繰り返し淡々と描かれる。
お馴染み「TVピープル」に登場する「いくぶん小さい人たち」は、小さいのだから決して怖くはないし、むしろ周囲にしっくり溶け込んでいる。けれど、どこか読む者をぞくっとさせる存在だ。そして、なぜかTVピープルというものをすんなり受け入れちゃっている会社の同僚とか家族とかが、身近にいるのに遠のいて感じられてくるのだ。気持ちが遠のくと、少し小さく見えるのだろうか… 村上春樹と同時代に生きるラッキーを再確認。(2012・11)

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