共喰い
琴子さんが言っていた通りの大雨になった。夜が近づくと川辺は、夕闇とは違う、病気に罹ったような暗さになり、紫色がかった暮れ切らない薄闇が来た。風はなかった。川から立ち上ってくる臭気が満ちてきた。
「共喰い」田中慎弥著(集英社) ISBN: 9784087714470
受賞後の「不機嫌会見」で注目された著者の、第146回芥川賞受賞作を読んだ。
その「共喰い」については事前に、暴力的な父と、その性向を受け継いでいることを恐れる息子の葛藤という設定を聞いて、なんとなく「血と骨」みたいな雰囲気を想像していたけれど、全然違った。小説を包む雰囲気は、時間が止まったような川べりの町のぱっとしない風景と、さらにぱっとしない高校生の日常が醸し出す息苦しさだ。昭和が終わった年。えぐいエピソードが多いものの、当時の地方都市の細部は意外にリアル。
そして祭りの日、町に暴風雨が近づいてくる終盤は「マグノリア」みたいな盛り上がりぶりで、読む者をぐいぐい引っ張る。大水の「あふれ出る」というイメージが、生きること、あるいは女たちのタフさを見せつけて圧倒的だ。父子というより、実は女の話だった印象。
もう一編収録された芥川賞候補作「第三紀層の魚」は、曾祖父との別れを通じて、小学4年の少年の成長を描いている。こちらは釣りのシーンなどが案外爽やかで、手堅い。長州弁が独特のリズムと、そこはかとないユーモアを感じさせる。(2012・2)
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