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January 29, 2012

「11(eleven)」

物語はさまざまでも、締めの言葉はいつも同じだった。幸せに暮らしました、だとか、いつまでも悲しみました、といった結末のあと、彼は必ずこう言い足すのだった。

「でも私には何もくれない」
 それを聞くたび、ノリコは吹きだしそうになった。

「11(eleven)」津原泰水著(河出書房新社) ISBN: 9784309020471

2011年の各種ミステリベストで話題になった1冊。ミステリというより、奇妙な味わいの11編を収録した短編集だ。

設定、雰囲気がきちんとあって、それが1作ごとに全く違う。ぞっとするホラー、軽快な青春小説、宇宙的スケールのSFファンタジーなどなど。引き出しの多さ、凝縮した作りが練達の職人を感じさせる。あっという間にそれぞれの物語世界に引き込んで、あっという間に終わってぽんっと投げ出す感じ、巧いなあ。
あとをひくような強烈さではないが、印象的な場面、フレーズがいろいろあって、たとえば「でも私には何もくれない」。琥珀磨きをしている女が単調な作業の間、同僚がイタリア人の祖母から聞いたという昔話の数々に耳を傾けるのだけど、いつもその最後につぶやかれるセリフだ。含蓄があるようでいて、とぼけている。

話題作とあってブロガーさんの言及が多いのだけど、11編のなかのお気に入りの1編が見事にばらばら。そこがまた面白い。個人的には夫婦が鏡越しに会話する「テルミン嬢」に、人と人の繋がりの困難と不思議を感じた。(2012・1)

January 22, 2012

「フクシマ」論

原子力とは戦後社会、あるいは近代社会が抱擁しつつ「無意識」へと追いやってきたものだと捉えるのならば、3・11はその狂気の表出に他ならない。

『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』開沼博著(青土社) ISBN: 9784791766109

1984年いわき市生まれの社会学者が2011年1月14日、東大大学院に修士論文として提出した論考に、3・11後執筆の短い補章を加えた。フィールドワークや雑誌のアーカイブ探索などを通じて、原子力発電所が立地する「原子力ムラ」の形成過程をたどる。

原発がなぜ産業の乏しい地方に置かれるのか。中央政界や財界のエゴと、地方経済の依存体質との結託、と整理してしまえば、ロジックはわかりやすいだろう。しかし著者は、そう簡単にものごとを整理しない。塩田や炭坑、ダム、アジア植民地の歴史まで次々に視野にいれ、約360ページを費やしてゆっくりと、成長と支配の構図を語っていく。
何より痛切なのは、こうした開発をめぐる閉鎖性、硬直性の指摘だ。いわゆる権力者に限らず、一介の企業人や市民運動家もこうした閉鎖性の一部を担っている。何か大きな問題が起きて、いったん閉鎖性が揺らいでも、時間がたてば世間の忘却、無関心が状況を後戻りさせてしまう。

果たしてこれからどうしたらいいのか、簡単には解決策は見つからない。とはいえ間違いないのは、こうした解きほぐしがたい歴史と文化を肝に銘じておかなければ、どんな提案もリアリティーを持たないということ。そして再び忘却の罠にはまってはならない、ということだろう。(2012・1)

桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活

もはや桑幸は涙を隠す気力もなく、はいはい、泣いてます、大のおとなが泣いてますよ、え、あれですか、泣いちゃいけませんか? 泣いちゃおかしいですか? とここでもあっさり開き直った。

「桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活」奥泉光著(文藝春秋) ISBN: 9784163804606

「モーダルな事象」の小市民大学教授・桑潟幸一、通称桑幸(クワコー)が、東大阪市の短大から今度は千葉の大学に転じて、またまた事件に遭遇する。

前作は複雑緻密な長編ミステリーだったけれど、今作はぐんとスケールダウンして、日常の謎を扱った中編3作。クワコーシリーズのスピンオフの趣だ。それぞれきっちりミステリーになっていると同時に、40歳を迎えたクワコーのなんとも情けないキャラクターに磨きがかかって、思わず吹き出すことしきり。

相変わらず学問的な向上心に乏しく、学生を導く気概にいたっては皆無。日本文学を教えているが、なにしろ学生はおおむね常識が欠落、「松本清張、だれそれ」「知ってる、国会議員とかやってる人でしょ」という会話が飛び交う状況だ。
しかも転職に伴って、まさかの収入ダウン。田舎ながらものんびり気ままなはずの独身生活は、せこせこ節約に知恵を絞ることとなってしまった。頼りはコストパフォーマンスの良い卵と豆腐、頭のなかはほぼ豆腐でいっぱい、という姿が涙ぐましくも笑いを誘う。

際立って面白いのは、クワコーが顧問就任を命じられた文芸部に集う、個性豊かな学生たちの存在。とりたてて前途に希望があるようにはみえず、世間的にみればクワコー以上にわびしい境遇だったりするのに、いじけず拗ねず、淡々と日々を生きている。基礎的教養はなくても案外知恵があり、新任の顧問の小市民ぶりを見抜いてかまってやり、あまつさえ庇護する態度さえ示す。
負け組とか、下流という言葉ではくくりきれない、現代若者気質というべきか。魅力的な登場人物たちを迎えて、クワコーシリーズの新たな展開が楽しみです。(2012・1)

January 03, 2012

2011年ベスト

2011年、じっくり本を読むのは難しい1年でした。ぽつぽつとした読書ペースながら、それでも面白いと思える本に出合えてよかった。ブロガーの皆さんのベストを眺めていて楽しかったので、私なりのベストもメモしておきます。まずフィクション10冊。

1、「犯罪」フェルディナント・フォン・シーラッハ
2、「ジェノサイド」高野和明
3、「夜想曲集」カズオ・イシグロ
4、「キングの死」ジョン・ハート
5、「銀漢の賦」葉室麟
6、「古書の来歴」ジェラルディン・ブルックス
7、「モーダルな事象」奥泉光
8、「写楽 閉じた国の幻」島田荘司
9、「RURIKO」林真理子
10、「三悪人」田牧大和

1、2月に読んだ本もまじっていますが、振り返ればこんなときだからこそフィクションのパワーを感じた気がします。
ノンフィクションのほうは、まだまだ読むべき本に追いついていないわけですが、とりあえず5冊。

1、「河北新報のいちばん長い日」河北新報社
2、「三陸海岸大津波」吉村昭
3、「梅棹忠夫語る」語り手・梅棹忠夫、聞き手・小山修二
4、「世界史を変えた異常気象」田家康
5、「談志楽屋噺」立川談志

二流小説家

彼らは大人になっても子供のように、真剣に、夢中で、本を読む。あるいはティーンエイジャーのように、何かに取り憑かれたように、果敢に本を貪り読む。彼らは、読まずにいられないから本を読むのだ。

「二流小説家」デイヴィッド・ゴードン著(ハヤカワ・ポケット・ミステリ) ISBN: 9784150018450

様々なペンネームと偽のプロフィール写真を使いわけてエンタメ小説を書いてきたものの、いまだ無名のハリー・ブロック。ある日突然、話題沸騰必至の告白本を書かないか、という夢のような話を持ちかけられる。依頼主は、悪名高い連続猟奇殺人犯だった。

ポケット版らしい軽いタッチで、どんどん読める。恐ろしい事件に巻き込まれていくハリー・ブロックの冴えない中年男ぶり、そのぼやき節が微笑ましい。物書きとしてSF、探偵もの、ヴァンパイアもの、そしてポルノと求められるまま量産してきたけれど、いまだヒットには縁がなく、文学賞はおろか批評の対象になったりすることもない。恋人に去られ、副業で始めた家庭教師先の、ませた女子高生クレアにもすっかり舐められている。

しかし単なるユーモア仕立てのミステリと思ったら、大間違いだ。実は設定がなかなか凝っていて、1冊まるごと、主人公ハリーが経験をもとに初めて実名で執筆したミステリーという形式をとっている。この仕掛けが、年末の各種のベスト本に選ばれたゆえんか。
なにしろハリーはエンタメを知り尽くす書き手なのだ。2転3転の筋運びからサスペンス、バイオレンス、淡い恋まで、決して高尚ではないけれど、「どうです読者の皆さん、こういうの好きでしょ?」と問いかけるような悪戯心が行間に見え隠れする。

ハリーの作品群、作中で「ジャンル小説」とくくられるような小説についての考察も散りばめられている。こういう本を好んで読む人たちは、次から次へと読まずにはいられない、いわば中毒なのだ。たとえストーリーや登場するキャラクターがパターン化していても、深い心理描写や人生における示唆が一切なくても、そんなことは気にしない。誰しもちょっとは身に覚えがありそうな活字中毒の心理、オタクの心理にいちいちニヤリとさせられる。
そして世に需要がある限り、供給はある。出版ビジネスの内幕と、物語の楽しみというものへの屈折した愛情。これがデビュー作というけれど、なかなかどうして一筋縄でいかない作家かもしれない。女子高生クレアの造形がチャーミング。青木千鶴訳。(2012・1)

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