短篇集
賢い箱があった。
名文を作る文箱という。書いた文を入れ寝かせておくと、文意そのままに熟成し、作為のあとを消すのだという。
「短篇集」柴田元幸編(ヴィレッジブックス) ISBN: 9784863322400
文芸誌「モンキービジネス」が3年半の歴史にピリオドを打つと知り、思い立って責任編集の柴田元幸さんのトークを聴きに行った。欧米文芸誌の洒落たデザインをスライドで見せたり、マーク・トウェインのハチャメチャなエッセイを朗読したりと、楽しいひとときでした。で、モンキービジネス初出作、もしくは同誌ゆかりの作家の書き下ろしを集めたアンソロジーを読んでみた。
登場するのは石川美南、戌井昭人、円城塔、小川洋子、Comes in a Box、クラフト・エヴィング商會、栗田有起、小池昌代、柴崎友香。短篇小説あり、写真と文の組み合わせあり、短歌ありと変化に富む。あとがきで編者は楽しそうに、この仕事はあたかも野球ファンがオールスターチームの監督を頼まれたようだ、と綴っている。
個人的に面白かったのは、小池昌代の「箱」。文章を書き付けて入れておくと、名文に変えてしまうという不思議な文箱の遍歴だ。意表をつく着想の妙とともに、箱の存在を通じてことばの魔力とか、凡人たちの愚かな欲望とかを描いている。ダークな雰囲気がいい。
戌井昭人の「植木鉢」や柴崎友香の「海沿いの道」では、普通の人が突如とんでもない行動をとってびっくりさせられる。あれよあれよのスピード感は、短篇ならではの楽しみだろう。ラスト、小川洋子の「『物理の館物語』」でしみじみ。定年を迎えた書籍編集者が長いキャリアを振り返って、幼い日に作った1冊の「本」の思い出にたどり着く。人の心のうちで微かな光を放つ、物語というもののかけがえのなさ。(2011・12)
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