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December 30, 2011

「談志楽屋噺」

売れない芸人というのは、それをみる人にとって中毒となることがある。のべつ同じネタを喋っているが、聴いている方は何気なく聴いているうちに、その芸の中毒になるものだ、と色川武大氏が言っていたが、してみると桂文楽の名人芸も柳好も、いや円生も三木助も、その技芸のリズムに、聴く客は中毒症状であったのかも知れない。

「談志楽屋噺」立川談志著(文春文庫) ISBN: 9784167522018

談志さん追悼で、落語家生活30余年のうちに出会った芸人たちのエピソード集を読む。

爆笑ものの思い出の数々を、断片的に次から次へと語って止まるところを知らない雰囲気。噺家さんは明治の香りがする大御所から笑点仲間らまで、その人柄や本名や師匠筋などをとうとうと。ほかにも漫才、講談、曲芸、奇術などなど、芸と芸人、寄席にまつわる貴重な証言が満載だ。
話題があっちこっち飛ぶし、話題にいちいち落ちがつく。まるで目の前に談志さんがいて喋っているようで、面白いやら寂しいやら。

登場する芸人は一部真面目な人もいるけれど、たいがいはハチャメチャだ。偉い人の葬儀といった、一番ふざけちゃいけないシチュエーションでふざける。いいセンスを備えながらあまり売れないまま、酒や博打で身を持ち崩す。
ダメであればあるほど紹介したいみたいで、談志さんはやっぱり強靱な常識人であり、だからこそダメが好きだったんだなあ、と思う。

もちろん好き嫌いははっきりしていて、徹底して論理的かつ不遜。巧い下手というだけでなく、内容があるかとか、粋かどうかの要求が厳しくて、先代三平さんなんかにはとても辛辣だ。
けれどそういう自分の評価と、売れる、世間に愛されるということとの違いもまたきちんと認識し、書き残している。深いです。

芸人同士や「旦那」の人間関係、寄席の風習などの解説も面白い。まだまだいろんな話を聞きたかったなあ。巻末に色川武大氏との対談を収録。1987年出版、90年に文庫化。(2011・12)

December 19, 2011

原発危機の経済学

風評の流布とは、科学者、医者、技術者がいうように、正確な科学的知識を持たない市民の非合理的な行動は決してない。そうではなくて、専門家が発するプロフェッショナルな知見に対して、市民が「どうしたらよいのかわからない」というどうしようもない戸惑い、さらには、「専門家を信じることができない」というどうしようもない不信を感じたときに、人々が考えられる範囲でもっとも深刻なケースを念頭に意思決定をするという、まっとうな合理的行動であった。

「原発危機の経済学」齊藤誠著(日本評論社) ISBN: 9784535556874

1960年生まれのマクロ経済学者が、深刻な原発事故について社会科学者の立場から考察する。

本書のテーマのひとつは、原子力発電というものが果たして民間企業の収益プロジェクトとして成り立ちうるのかどうか、という疑問だ。著者はまず、全9章のうちほぼ6章を割いて発電の仕組みや事故の実態、廃棄物処理の手順などを一つひとつかみ砕いていく。
たとえば原発の運営というものが高度な科学技術だけでなく、ごく普通の工場に通じる技能にも根ざしていることを、研究者の証言から紐解く。ところどころ自身の不明や誤解を反省する「独白」をはさみながら、決して結論を急がず、門外漢なりにじっくり基礎知識をたどる姿勢に好感が持てる。

厄介なのは事故を巡って、現時点ではわからない点、ずばりと明快に決めつけるにはデータの足りない点が、まだまだたくさんあることだ。正直、素人がちょっとやそっと学んだからといって、今すぐ結論を出せるものではない、と立ち止まりたくなってしまう。だが、それはとりもなおさず、自分を含めて電力の恩恵を受けてきた消費者とか、貯金のような安心感で電力会社の株を持っていた個人とかが、自らも関係している自覚を持たず、問題の理解をさぼってきた、という事実を示す。「誰かがちゃんと決めてくれているのだろう」と、根拠もなく考えて。これまで心ある人は、ちゃんと情報を提供しようとしてきたのに。

著者は電力事業の形態の議論だけでなく、放射線汚染に関するリスクコミュニケーションのあり方などにも言及している。誰もが一定の手間暇というコストを自分で負担して情報を集め、消化し、そして多かれ少なかれ何らかのリスクを引き受けて、行動を決めていく必要がある。(2011・12)

December 12, 2011

短篇集

 賢い箱があった。
 名文を作る文箱という。書いた文を入れ寝かせておくと、文意そのままに熟成し、作為のあとを消すのだという。

「短篇集」柴田元幸編(ヴィレッジブックス) ISBN: 9784863322400

文芸誌「モンキービジネス」が3年半の歴史にピリオドを打つと知り、思い立って責任編集の柴田元幸さんのトークを聴きに行った。欧米文芸誌の洒落たデザインをスライドで見せたり、マーク・トウェインのハチャメチャなエッセイを朗読したりと、楽しいひとときでした。で、モンキービジネス初出作、もしくは同誌ゆかりの作家の書き下ろしを集めたアンソロジーを読んでみた。

登場するのは石川美南、戌井昭人、円城塔、小川洋子、Comes in a Box、クラフト・エヴィング商會、栗田有起、小池昌代、柴崎友香。短篇小説あり、写真と文の組み合わせあり、短歌ありと変化に富む。あとがきで編者は楽しそうに、この仕事はあたかも野球ファンがオールスターチームの監督を頼まれたようだ、と綴っている。

個人的に面白かったのは、小池昌代の「箱」。文章を書き付けて入れておくと、名文に変えてしまうという不思議な文箱の遍歴だ。意表をつく着想の妙とともに、箱の存在を通じてことばの魔力とか、凡人たちの愚かな欲望とかを描いている。ダークな雰囲気がいい。
戌井昭人の「植木鉢」や柴崎友香の「海沿いの道」では、普通の人が突如とんでもない行動をとってびっくりさせられる。あれよあれよのスピード感は、短篇ならではの楽しみだろう。ラスト、小川洋子の「『物理の館物語』」でしみじみ。定年を迎えた書籍編集者が長いキャリアを振り返って、幼い日に作った1冊の「本」の思い出にたどり着く。人の心のうちで微かな光を放つ、物語というもののかけがえのなさ。(2011・12)

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