河北新報のいちばん長い日
とにかく今は家族をいたわり、店舗再建にむけて英気を養って下さい、と部員が言おうとした瞬間、阿部の口から思いもよらない言葉が発せられた。
「店はやられたが、配達はできる。今、新聞を取りにそっちに向かっているから、とりあえず五百部、用意してくれ」
「河北新報のいちばん長い日」河北新報社(文藝春秋) ISBN: 9784163744704
宮城県を中心に東北6県をカバーするブロック紙の社員、関係者が、未曾有の大震災に直面したとき、どう行動したか。取材の現場から編集、印刷、輸送、配達、そして食事やガソリン調達のロジスティックまで。多様な役割を持つひとりひとりが何をし、何を感じたか、わずか270ページにぎっしりと凝縮した壮絶なドキュメント。
あまりにも苛酷な大災害の実態と、1日も発行を途絶えさせることなく、立ち向かっていく人々の姿に、読んでいて何度も涙がこみあげる。しかしもちろん、泣いている場合ではない、重く、貴い内容だ。本書のもとになった社員へのアンケートは、被災1カ月後から始めたのだという。おかれた状況を思えば、ありのままを迅速に記録しておかなければならない、という使命感の強靱さに驚く。
関係者の体験や思いは、とうてい1冊の本では語り尽くせないものだろう。決して美談ではない。報道という仕事がはらむ限界とか罪深さはもとより、業務遂行の過程で起きてしまう社内の軋轢、当事者同士の気持ちのすれ違いや自己嫌悪などにも、率直に言及している。
「われわれはみな被災者だ。お互い至らない点もあるだろうが、今は誰かを責めるようなことは絶対にするな」。3月12日の深夜という、想像を絶する厳しいタイミングで、報道部次長が口にする言葉が強い印象を残す。これは読む者にたくさんの課題を突きつける、働く人々、働き続ける人々の記録だ。必読。(2011・11)
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