世界史を変えた異常気象
スターリンはホプキンスに対し、「9月初旬を過ぎて雨が降るようになるとドイツ軍が攻め続けるのは難しくなるだろう。10月初旬以降は路面がひどい状態になってしまい、ドイツ軍も守勢に回らねばならないだろう」と冷静に自然環境による戦況の変化を見通していた。
「世界史を変えた異常気象」田家康著(日本経済新聞出版社) ISBN: 9784532168049
農業金融に携わる一方、気象予報士の資格を持つ著者が、「エルニーニョ」「ラニーニャ」という自然現象と歴史的事件との関わりを楽しく解説。
ロシアからバルト三国にかけて、春と秋に道路が激しくぬかるむ時期があり、泥濘期と呼ばれる。1941年の秋、実は土壌の水分が増えて例年以上に厳しい泥濘期となった。モスクワ侵攻をめざしたドイツ軍は文字通りぬかるみに足をとられ、やがてエルニーニョに由来する厳しい冬将軍に遭遇するーー。
興味深いエピソードが満載だ。16世紀のインカ帝国滅亡から、20世紀冷戦下での食糧覇権まで、様々な歴史的事象の背景に意外な気候の変化があったことを説いていく。まず丁寧に解説している気候そのもののからくりが、とてもダイナミック。海の表層の海流や、海中の対流で動きが変化すると、それが大気の温度に影響して、地球規模で風の流れ、ひいては気圧配置を変えてしまう。南米沖でのわずかな海水温度の上昇が、アジアやヨーロッパの天候にも響くゆえんだ。
そして人々の営みも、気象と無縁ではいられない。天下分け目の闘いで有利、不利を決定的に左右したり、水害や飢餓が国家体制の屋台骨を揺るがしたり。自然の驚異の前では、政治とか経済とか、人間が必死で考えていることがとてもちっぽけに見えてくる。
だからこそ人は長らく、空を読むことに知恵を絞ってきたのだろう。気象観測や予測の科学の進歩についても随所で触れていて、そのあたりの人間ドラマもドラマティック。必要以上に盛り上げない、淡々とした筆致に好感がもてる。
世界地理が頭に入っていないと、理解しづらいくだりがあり、図表がもっと多く、また関連する文章のところにぴたり配置されていれば、より親切だった。初版のせいで校正漏れがあったのも、ちょっと残念。(2011・11)
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