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November 27, 2011

河北新報のいちばん長い日

とにかく今は家族をいたわり、店舗再建にむけて英気を養って下さい、と部員が言おうとした瞬間、阿部の口から思いもよらない言葉が発せられた。
「店はやられたが、配達はできる。今、新聞を取りにそっちに向かっているから、とりあえず五百部、用意してくれ」

「河北新報のいちばん長い日」河北新報社(文藝春秋) ISBN: 9784163744704

宮城県を中心に東北6県をカバーするブロック紙の社員、関係者が、未曾有の大震災に直面したとき、どう行動したか。取材の現場から編集、印刷、輸送、配達、そして食事やガソリン調達のロジスティックまで。多様な役割を持つひとりひとりが何をし、何を感じたか、わずか270ページにぎっしりと凝縮した壮絶なドキュメント。

あまりにも苛酷な大災害の実態と、1日も発行を途絶えさせることなく、立ち向かっていく人々の姿に、読んでいて何度も涙がこみあげる。しかしもちろん、泣いている場合ではない、重く、貴い内容だ。本書のもとになった社員へのアンケートは、被災1カ月後から始めたのだという。おかれた状況を思えば、ありのままを迅速に記録しておかなければならない、という使命感の強靱さに驚く。

関係者の体験や思いは、とうてい1冊の本では語り尽くせないものだろう。決して美談ではない。報道という仕事がはらむ限界とか罪深さはもとより、業務遂行の過程で起きてしまう社内の軋轢、当事者同士の気持ちのすれ違いや自己嫌悪などにも、率直に言及している。
「われわれはみな被災者だ。お互い至らない点もあるだろうが、今は誰かを責めるようなことは絶対にするな」。3月12日の深夜という、想像を絶する厳しいタイミングで、報道部次長が口にする言葉が強い印象を残す。これは読む者にたくさんの課題を突きつける、働く人々、働き続ける人々の記録だ。必読。(2011・11)

November 19, 2011

おまえさん

これからはもっと巧く登ってやる。次はどんなことをしたって、折れない枝につかまって、赤い実のあるところまで登るんだって、決めたんですよ

「おまえさん」宮部みゆき著(講談社文庫)  ISBN: 9784062770729  ISBN: 9784062770736

痒み止め「王疹膏」が大評判の瓶屋主人、新兵衛が殺された。お馴染み本所深川のぼんくら同心・平四郎と賢く美形の甥っ子・弓之助のコンビに、成長株の若手同心・信之助、偏屈なご隠居・源右衛門らが加わって、謎解きに乗り出す。

時代ミステリ「ぼんくら」シリーズ第3作を、単行本と同時発売の文庫で読む。上下巻合計でなんと1200ページもの長丁場を、するすると読ませてしまう筆力が、いつもながら凄い。
なにしろメーンの謎解きという最大の見せ場が、下巻の冒頭で終わっちゃうという掟破りの展開だ。ところが手の内をあかしてから後も、下手人の行方やら何やら、ことが治まるべきところへすっかり治まるエンディングまで、少しも気をそらさない。

いなせな政五郎親分や面倒見のいいおばんざい屋のお徳ら、レギュラー陣の人物造形の魅力は相変わらず。加えてどんな脇役も、それこそ子供からお年寄りまで一人としてゆるがせにせず、人物の背景、なぜそんな言動をするのかを、きっちり描ききって説得力がある。
登場する女たちの弱い立場や貧しさ。誰もがなにかしら不運やら屈託やらを胸に抱え込み、それでもなんとか生きている甲斐のようなものを手にしようと、もがいている。ちっぽけな市井の人々の姿が、いちいち切ない。
時代物であっても人の悩みとか、弱さには普遍性がある。作家が人間に向ける視線の、なんという確かさ。

たとえば政五郎の手下、記憶力抜群の三太郎少年をめぐってドラマがあり、実の母おきえが登場する。ミステリーとしては完全に脇筋なのだが、この母が実に鮮やかだ。身勝手な悪女なんだけれど、逆境をはね返し、自分の手で幸せの赤い実を掴もうと、覚悟を決めている。したたかさが、いっそ爽快。
物語が進むにつれ、ばらばらに描かれてきた各々の屈託が、次第に共鳴し始める。家中で身の置きどころがなかったり、長年隠しごとに苦しんできたり。このへんの展開が精緻だ。不運は誰の身にも降りかかる。しかし同じような不運に遭っても、その時どんな道を選びとるかによって人生はまるっきり違ってしまう。道を分ける決め手は「引き受ける力」のあるなし、なのだろうか。苦みも含んだ人情ドラマを堪能した。(2011・11)

November 13, 2011

世界史を変えた異常気象

スターリンはホプキンスに対し、「9月初旬を過ぎて雨が降るようになるとドイツ軍が攻め続けるのは難しくなるだろう。10月初旬以降は路面がひどい状態になってしまい、ドイツ軍も守勢に回らねばならないだろう」と冷静に自然環境による戦況の変化を見通していた。

「世界史を変えた異常気象」田家康著(日本経済新聞出版社) ISBN: 9784532168049

農業金融に携わる一方、気象予報士の資格を持つ著者が、「エルニーニョ」「ラニーニャ」という自然現象と歴史的事件との関わりを楽しく解説。

ロシアからバルト三国にかけて、春と秋に道路が激しくぬかるむ時期があり、泥濘期と呼ばれる。1941年の秋、実は土壌の水分が増えて例年以上に厳しい泥濘期となった。モスクワ侵攻をめざしたドイツ軍は文字通りぬかるみに足をとられ、やがてエルニーニョに由来する厳しい冬将軍に遭遇するーー。

興味深いエピソードが満載だ。16世紀のインカ帝国滅亡から、20世紀冷戦下での食糧覇権まで、様々な歴史的事象の背景に意外な気候の変化があったことを説いていく。まず丁寧に解説している気候そのもののからくりが、とてもダイナミック。海の表層の海流や、海中の対流で動きが変化すると、それが大気の温度に影響して、地球規模で風の流れ、ひいては気圧配置を変えてしまう。南米沖でのわずかな海水温度の上昇が、アジアやヨーロッパの天候にも響くゆえんだ。

そして人々の営みも、気象と無縁ではいられない。天下分け目の闘いで有利、不利を決定的に左右したり、水害や飢餓が国家体制の屋台骨を揺るがしたり。自然の驚異の前では、政治とか経済とか、人間が必死で考えていることがとてもちっぽけに見えてくる。
だからこそ人は長らく、空を読むことに知恵を絞ってきたのだろう。気象観測や予測の科学の進歩についても随所で触れていて、そのあたりの人間ドラマもドラマティック。必要以上に盛り上げない、淡々とした筆致に好感がもてる。

世界地理が頭に入っていないと、理解しづらいくだりがあり、図表がもっと多く、また関連する文章のところにぴたり配置されていれば、より親切だった。初版のせいで校正漏れがあったのも、ちょっと残念。(2011・11)

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