ジェノサイド
よくぞここまでたどり着いた。奇妙な実験室を見せられて驚いているだろうが、本題はここからだ。私は、訳あって個人的な研究を抱えている。私が姿を消している間、その研究をお前に引き継いでもらいたい。
「ジェノサイド」高野和明著(角川書店) ISBN: 9784048741835
東京郊外に住む大学院生・研人は、急死した父が遺したメールに導かれ、とうてい実現不可能に思える創薬実験に取り組む羽目になる。一方、国際的な民間軍事会社の傭兵・イエーガーは、難病に苦しむ息子を救おうと、危険な極秘任務を引き受けてアフリカへ飛ぶ。地理的にも境遇から見ても遠くかけ離れた2人の運命を、驚くべき陰謀が結びつける。
本好きブロガーさんらの間で評判の大作エンタテインメントを読んだ。創薬の手順やら、傭兵の装備やら、とにかく情報がぎっしり詰まっていて、正直、滑り出しは苦手な印象があった。自分に知識がない分野の情報は、詳しければ詳しいほど、どれだけ本当らしいか見当がつかずに少しいらいらしてしまう。
しかし東京、アフリカ、さらに裏で糸を引くワシントンと、頻繁に場面が転換するので、つられてテンポ良く読み進んでしまう。200ページあたりからは、地球規模の壮大な陰謀の正体が見えてきて、その後はもう、ページを繰る手がとまらない。終わってみれば、590ページをほぼ一気読み。見事なリズム感だ。
壮絶なのはコンゴ民主共和国の密林シーン。残虐な反政府軍とわたりあう、イエーガーたちの脱出行がもの凄い。危機また危機の息詰まる展開、目を覆う凄惨なシーンが続くけれど、その凄惨さが単なる演出ではなく、物語のキーになっているところが巧い。
長い長い歴史のなかで、人類はなぜ殺戮をやめられずにきたのか? 殺戮の現場で示す人間の残虐性、あるいは安全な会議室から殺戮を指示する権力者の残虐性とは、いったい何なのか? ちょっと「虐殺器官」(伊藤計劃著)を思い出した。
研人やイエーガーが巻き込まれる陰謀の焦点は、ある「人類の危機」。この設定には、意表をつかれた。温暖化による大災害とか彗星衝突とか、いろいろな危機を聞いたことがあるけれど、こうくるとはなあ!
危機そのものの設定がいわばSFなので、終盤に至ってアクションシーンが一気に「何でもあり」のレベルに飛躍しちゃって、そのあたり唐突な感じは否めない。とはいえ地球規模、生命史規模で思いっきり大風呂敷のスケール感、そこまで風呂敷を広げられる想像力の強靱さは、いっそ爽快だ(たまたま素人向け生物学の本と並行して読んでいて、自分の頭の中で虚実が入り乱れちゃったのが難でしたが)。
愚かな衝突や殺戮をいっこうに終わらせられず、それによってエスタブリッシュメントとされる人々が利益を得る構図さえある、救いようのない現実。けれど他方では、医療や救命に全身全霊をかけて取り組む人がいることを、わたしたちは知っている。
主人公たちが運命に立ち向かうときに示す、精神の明るさがすがすがしい。登場する何組かの親子それぞれの情愛が、やがて一筋の希望を感じさせるあたりも拍手。ハリウッドっぽい巧さだけど。山田風太郎賞受賞。(2011年10月)
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