真珠の耳飾りの少女
何より手がこんでいるのは水差しと水盤だ。黄、茶、緑、青のどれにもなる。タペストリーの模様、娘さんの胴着、椅子に掛かる青い布を反射して、混じりけのない銀色以外なら、およそどんな色にでも見える。それなのに、水差しと水盤はこうでなければという色をしているのだ。
それからというもの、わたしはいくらものを見ても、見飽きるということがなくなった。
「真珠の耳飾りの少女」トレイシー・シュヴァリエ著(白水Uブックス) ISBN: 9784560071465
巨匠フェルメールのモデルを務めた、少女フリートのはかない恋。
久しぶりにSNS読書会の課題本を読んだ。「北のモナリザ」と言われる名画のモデルは、画家の家で働く16歳の女中だった、という設定のフィクション。暗い背景から浮き上がるように、こちらを振り向いた少女の大きな瞳は、いったい何を問いかけているのか。ページを開いたときは字が小さくて少しひるんだけれど、読み出したらあっという間だ。
17世紀半ばのオランダ・デルフトの暮らしが、生き生きと描かれる。事故で父が職を失い、フリートは家族を支えるため、子だくさんの画家の家に住み込む。貧しさや疫病、見下されることの悔しさ。それでも冷静な観察眼と家事能力を発揮する姿はしたたかだ。
そんなフリートがアトリエで、書きかけの絵に目を奪われるシーンがなんとも鮮やか。天性のセンスを持つ少女が思いがけず芸術に出会い、誰に教えられなくても光と影、色彩の魔術を感じとる。恐らく二度と日の目を見ない、一瞬の才能のきらめき。まるで絵の中で白い光を放つ、大粒の真珠のように。
センスを見抜いたフェルメールとの、言葉にならない交流が始まる。フリートの、つつましく頭巾で覆っていた髪がついにこぼれ落ちるシーンが実に官能的だ。とはいえ天才画家は案外、ダメ男。寡作なので稼ぎがのびず、同居する資産家の姑になにかと指図されてしまう立場だ。フリートへの接し方もどこか冷淡。そんなことはフリートもわかっていて、何も期待はしていない。少女の切なさと、切なさを超えていく生き方が胸にしみます。
「カメラオブスキュラ」利用などの技法や、モデルの人となりが書き込まれていて興味深い。少し前に読んだ「写楽」同様、名画の背景を想像するのは楽しいものです。2003年に映画化。木下哲夫訳。(2011・9)
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