「三陸海岸大津波」
その話をきいた早野村長は、驚きの声をあげた。田野畑村の津波をふせぐために設けられている防潮堤の高さは八メートルで、専門家もそれで十分だとしているが、
「ここまで津波が来たとすると、あんな防潮堤ではどうにもならない」
と不安そうに顔を曇らせた。
「三陸海岸大津波」吉村昭著(文春文庫) ISBN: 9784167169404
1970年発表の記録文学。明治29年、昭和8年、昭和35年の3度を中心に、東北を襲ってきた大津波を、当時の出版物から学童の作文、体験者の肉声などを駆使して再現する。
一読して、これほどの災害の記録をわずか180ページほどに収めた筆力に驚嘆する。確かな取材に加えて、余計な修飾を差し挟まない抑制力のなんと強靱なことか。だからこそ、想像を絶する自然の驚異と膨大な悲劇、そこから立ち上がる一人ひとりの姿が胸に迫る。
著者は田野畑村で、明治29年の津波の数少ない体験者である老人に会いに行く。同行した村長が一緒に貴重な証言を聞いていて、ふと現在の防潮堤の効果に不安を覚える。たった数行のなにげないシーンだ。しかし発表から40年を経ても、読む者を愕然とさせる。身近に脅威を言い伝える人がいて、地域で様々に備えていることは間違いないのだが。
著者はまた、三陸の海が普段はいかに豊かで、人々の暮らしに恩恵を与えているかを描写している。いつかは災厄をもたらす、けれど日々の糧を得る環境を、捨て去ることは難しい。世代を超えるスケールで、大きなリスクと人の営みとをどう成り立たせていくのか。これは三陸に限らない構図のような気がして、180ページが問いかけるものはとても大きい。(2011・6)
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