夜想曲集
これはサラ・ボーンの《パリの四月》。クリフォード・ブラウンのトランペットで歌った一九五四年バージョンだ。だから、長い。少なくとも八分間は続く。ぼくにはそれが嬉しかった。
「夜想曲集」カズオ・イシグロ著(ハヤカワepi文庫) ISBN: 9784151200632
音楽と夕暮れをテーマにした5つの短編。
長編ではあまり味わえない、ユーモアセンスが印象的だ。友人宅で思わず日記のようなメモを読んでしまった男が、ありえない方法で必死に誤魔化そうとしたり、訳あってホテルに潜伏している売れないミュージシャンが、隣室の奔放なセレブに誘われるまま夜中にホテル内を歩き回って子供のような悪戯を仕掛けたり。これはすっかり、シチュエーションコメディだ。
もちろん、カズオ・イシグロなんだから笑えるだけではない。長い暮らしの間にすれ違ってしまった夫婦の感情とか、才能がありながら世間に受け入れられない焦燥、諦念などをシニカルに織り交ぜている。なんとも切ない。訳者あとがきによると、影響を受けた作家の一人にチェーホフをあげているというのも、うなずける。
作中の重要な小道具として古いポップスやジャズ、クラシックの曲名が登場するのが楽しい。音楽がかき立てる郷愁が効果的。とりあげる音楽のジャンルに合わせて、1編ずつ文体を変えており、それでいて全体で1枚のアルバムのようなまとまりが感じられる。土屋政雄訳。
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