写楽 閉じた国の幻
そうやって楽ばっかりしてるとよ、世の中ちっとも変わりゃしねぇんだ、それがおいらたちよ。今の錦絵はよ、ありゃ絵じゃねぇや、図案よ。
「写楽 閉じた国の幻」島田荘司著(新潮社) ISBN: 9784103252313
悲運に見舞われた浮世絵研究家の佐藤が、生きるよすがのように必死で挑む写楽の謎。手にした1枚の肉筆画から、世紀の推理が展開される。
670ページもの大部に恐れをなしたけど、案外すいすい読んだ。寛政6年(1974年)に華々しくデビューし、ほぼ10カ月で約145点の作品を出版した後、忽然と姿を消した幻の絵師・東洲斎写楽。本名も素性も、いっさい記録が残っていない絵師の正体を解き明かしていく。この大胆さが痛快だ。
推理の出発点は、「そもそも」の疑問に虚心坦懐向き合う姿勢。なぜ、同時代人の誰ひとりとして、実は写楽とは自分だったと、あるいはどこの誰かだと、確かなことを言い残していないのか。さらには、デビュー時にいきなり当時の常識を覆す破天荒な画風を実現したのに、その後は大人しくなってしまったのか? このへんの疑問を作中で繰り返し解説し、著者自ら後書きでも綴って、島田説につなげていく。
550ページあたりからの「江戸編」が面白い。謎解きが山を越えたところで再現ドラマさながら、当時の経緯を生き生きと描く腕は、やっぱり辣腕の作家ならでは。そこで描かれる天才出版人、蔦屋重三郎の心意気がすがすがしい。
もちろん素人には、島田説の当否はわからない。けれど、もしこういう蔦屋の先見性、気骨が「世界3大肖像画家」たる写楽を生んだのだとしたら、すごく格好良いだろうなあ、と夢が膨らんで楽しい。たまたま今年、東京国立博物館の写楽特別展を、また昨年にはサントリー美術館の蔦屋重三郎展を観たこともあり、芝居小屋とかの微に入り細をうがつ描写にも興味が尽きない。
一方で「現代編」のほうの描写の丁寧さには、ちょっと馴染めなかったかも。主人公・佐藤の徹底した不運ぶり、謎解きを手助けする辻田教授の美人ぶりとかは、いずれ別のストーリーになるのかな。舞台がお茶の水、神保町界隈で、実在の店などが登場するところが面白かった。(2011・7)