「ウォール・ストリート・ジャーナル陥落の内幕」
ダウ・ジョーンズは「半ば公的な財産」であり--これはかつて同社の委任状で使われた表現だ--また、バンクロフト一族はこの国内有数の優れた報道機関の、尊敬すべき庇護者であるとカーンは考えていた。
「ウォール・ストリート・ジャーナル陥落の内幕」サラ・エリソン著(プレジデント社) ISBN: 9784833419581
高級経済紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)を傘下に持つダウ・ジョーンズ社。1世紀にわたって同社を所有し、編集の独立をサポートしてきた創業家バンクロフト一族が、いかにしてメディア王マードック率いるニューズ・コーポレーションにその座を売り渡したか。
著者はWSJのメディア担当として、この買収交渉を取材していた経歴を持つ。会社は当事者だったけれど、経営陣とは関係なく1記者として取材し、独立したのちに本書を世に出した。巻末にWSJ在籍当時に発表した記事や、参照した他メディアの記事一覧を掲載していて、そのへんの線引きは丁寧だ。
「内幕」という邦題の通り、いつ誰と誰が会って何を話し、そのとき何を食べたか、といった細部を描写。話題となったM&A劇を、リアルに追体験させてくれる。
興味深い点の一つ目は、こうした大規模な買収交渉において、どの時点で流れが決するのかがクリアに描かれていること。読む限り、冒頭からオーナー一族の間では、ダウ・ジョーンズを経営していく情熱がすでに薄れている。一族の思惑もばらばらで、交渉をご破算にするとちらつかせて有利な条件を引き出す、といった駆け引きの技量は今ひとつ。そういうわけで、かなり早い段階でマードックとの勝負はついていたようだ。
二つ目の点はいうまでもなくメディアの潮流。いったいどんなコンテンツ、どういうプラットフォームが価値をもつのか。それを実現する経営にはどういう体制、発想が必要か。M&A前のダウ・ジョーンズとニューズ・コーポレーションでは、180度考え方が違っていたといえそうだ。
WSJはワイドショー的なニュースよりも独自の読み物、深い解説や発掘型の特ダネでならし、評価を得ていた希有な存在。それでは生き残れないと信じるマードックは、WSJを大衆路線に大転換させた。2011年時点で改革の成否はなお見えていないのだけれども。
なにしろ関係者が多いので、冒頭の人物一覧が役に立つ。ダウ・ジョーンズ社の社外役員の経歴や、バンクロフト一族の系図があるとより便利だったかも。土方奈美訳、牧野洋解説。(2011・6)
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