馬のような名字
自分を隔離し、外界の影響から自分を守ってくれるような箱をあつらえようとしていたのです。
「馬のような名字」チェーホフ著(河出文庫) ISBN: 9784309463308
2010年に生誕150年を迎えたチェーホフ。短編と1幕ものの戯曲、合わせて18編を集めた傑作集。
岩松了さんのお芝居を観るようになって、必須と思いながらなかなか到達していなかったチェーホフを、ようやく読んだ。100年前の作とは思えない、身につまされる感じに驚く。
作家の目はシニカル。登場する人物の多くは愚かでちっぽけだ。初めのうちは、ちょっとやりきれない気もするけれど、それはたぶん、自分のことを言われているようだから。
たとえば「箱に入った男」。臆病な変わり者で、外出するときにはコートや傘で厳重に身を守らずにはいられないギリシャ語教師。生活のすべても、禁止事項や制限事項でがんじがらめにしてしまう。周囲の人は彼を笑うけれど、誰しもなんらかの箱を作って、自らを閉じこめているのではないか?
チェーホフはストーリーよりも人間を描く、とはよく言ったものだ。シニカルさの先に、人間の愚かさを包み込む視線がある。10ページに満たない小品、「悪ふざけ」なんか、切ないなあ。若き日のある冬、田舎で出会った娘に、恋の告白めいた悪戯を仕掛けた思い出。ただそれだけのことなんだけど、一緒にソリで遊んだときの冷たい空気とか、かいま見た娘の美しさが鮮やかだ。とるに足らない、しかしかけがえのないもの。人生はそれでできている、とでも言いたげな。
編訳者、浦雅春さんの巻末の解説も洒落ていて読み応えあり。そこでチェーホフの重要な要素の1つとして、ユーモアセンスをあげている。たとえば表題作「馬のような名字」は、人の名前がなかなか思い出せない、確か馬に関係ある名前だったんだけど……というお話。ん~、納得。このナンセンスには脱帽ですね。(2011・6)
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