「虐殺器官」
人が自由だというのは、みずから選んで自由を捨てることができるからなの。
「虐殺器官」伊藤計劃著(ハヤカワ文庫JA) ISBN: 9784150309848
近未来、先進国が高度な個人情報管理によってテロを防ぐ一方、途上国では深刻な地域紛争が絶えない。米軍大尉シェパードはその紛争地帯に現れる謎の米国人を追う。
2010年にフィリップ・K・ディック記念賞特別賞を受けた夭折のSF作家のデビュー作。目をそむけたくなるような戦闘シーンは苦手だけれど、意外と一気に読んでしまった。
物語の横糸となる世界情勢や、脳科学、セキュリティ技術の進歩といった設定は、もしかしたらすぐそこにある未来かも、と感じさせる。ところどころ「戦争サービス業」(ロルフ・ユッセラー著、日本経済評論社)や「戦争広告代理店」(高木徹著、講談社文庫)、「単純な脳、複雑な『私』」(池谷裕二著、朝日出版社)なんかが頭をよぎる。
縦糸をなすシェパードの思索とのギャップが巧い。激しい戦闘やらスパイ活動やらに携わりながら、その物言いは非常に内省的だ。モノローグや周囲との哲学的対話を通じて、私という存在とは何か、良心とは、自由とは、と問い続ける。マット・デイモン主演で映画化されてもおかしくないような。ちょっとヘビー過ぎるけれど。
個人的には疾走感がある割に、ラストがあっけないというか、放り出されるような印象。それだけに、この作家が書くものをもっと読んでみたかった。(2011・6)