「三月は深き紅の淵を」
今でも人間が小説を書いてることが信じられない時があるもんね。どこかに小説のなる木かなんかがあって、みんなそこからむしりとってきてるんじゃないかって思うよ。
「三月は深き紅の淵を」恩田陸著(講談社文庫) ISBN: 9784062648806
「三月は深き紅の淵を」というタイトルの、幻の小説集にまつわるミステリー四編。
ずっと積んでいた「やっぱり本を読む人々。」推薦150冊文庫の1冊。1編ずつ、味わいの違うミステリーが並んでいる。勤務先の会長の屋敷に突如招かれた若手社員が、膨大な蔵書の中から幻の一冊を探し出せ、と指令を受ける…。地方都市で起きた少女二人の転落死、不幸な事故に見えて実は…。本格だったり、学園ものだったり。そこに4編をつなぐ謎が仕掛けてある。手が込んでいる、というのが第一印象だ。
その謎とは、本好きの興味をかきたてる稀覯本「三月は深き紅の淵を」の存在。誰ともしれない作家が私家版として200部だけ刷り、密かに配ったとされる。「たった一人に、たった一晩しか貸してはならない」と条件をつけて。今や内容も伝説として語り継がれるだけだが、果たしてオリジナルはどこかに存在するのか? 誰が、どんなシチュエーションで書いたのか?
書き手が「三月」の書き手であるような、そうでもないような。単なる「入れ子」にとどまらない重層的な構造で、やがて現実と虚構さえ混じりあって何が何やら。ストーリーとしては決してすっきりしていない。
けれど本がテーマだけあって、随所で「小説」というものに対するイメージが語られていて、不思議な魅力を醸し出す。物語とは時代とか商業的な思惑とかと関係なく、ただ物語として生まれる、というイメージ。たとえば「チョコレート工場の秘密」みたいな突飛なお話を、計算づくで組み立てられるなんて思えないでしょう? …本好きの素朴な思いではないだろうか。
単行本は1997年出版。「三月シリーズ」と、恩田作品の中のリンクをたどり始めるときりがないらしいので要注意。(2011・5)
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