「日本語教室」
私は芝居を書いていますが、なるべく「い」の音を生かすように気をつけています。たとえば銀行を使うのなら、もう三菱に決まりです。銀行の内容とか、そういうことではありません。音だけの問題です。
「日本語教室」井上ひさし著(新潮新書) ISBN: 9784106104107
2001年、母校・上智大学での連続講義4回の記録。
今こそ発言をきいてみたい人、井上ひさし。これは彼が生涯こだわった日本語に関する講義録だけれど、毒舌、ユーモアをまじえた語り口とともに、はしばしにこの人らしい信念がにじんでいて興味深い。
たとえばカタカナ語は便利だけれど、日本語の微妙にニュアンスが違う言葉をひっくるめて、物事を単純にしてしまうと指摘する。再生、改良、改築、増築、改装などがすべてリフォームになってしまうように。
個人的にはカタカナ語で複雑になる場合もあると思うのだけれど、著者が嘆いているのは日本語がないがしろにされることそのものよりも、その背景にある意味に向き合う姿勢というか、思考停止の精神状態なのだろうと思う。
日本語の起源や音韻、文法の分析を紹介しつつ、劇作家としての言葉の扱い方、「あいうえお」という5つの音色の使い分けなどを披露している。大好きな駄洒落の効用にも触れていて、大江健三郎との駄洒落対決なんてエピソードも。こんな風に気配りしていたら筆が遅いのもむべなるかな、と思う。(2011・5)
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