キングの死
わたしの人生はわたしのものではなかった。わたしの仮面をかぶった抜け殻のものだった。それでも自分を憐れむ気にはなれなかった。
「キングの死」ジョン・ハート著(ハヤカワ文庫) ISBN: 9784151767012
1年半前から行方不明だった父が、射殺体で発見された。もし犯人が恐れている人物、たったひとりの妹だったら、なんとしても彼女を守らなければならない。弁護士ワークの孤独な闘いが始まる。
「川は静かに流れ」の作家による2006年のデビュー作。デビューにしていきなり600ページの長編だ。しかも中盤まで物語はいっこうに進展せず、ワークのダメ男ぶりをこれでもかというほど描いている。
30歳くらいのいい大人なのに、幼い頃から父に人生を支配され、職業の選択も結婚も父の言いなり。おかげで大切に思う母や妹、恋人を幸せにしてやれず、虚栄心の強い妻との関係も冷え切って、自己嫌悪のあまり酒に溺れている。
おなじみノース・カロライナ州の保守的な雰囲気を背景にした、濃密な家族小説のおもむき。幼い頃から主人公が抱えるコンプレックスの重さ、わだかまりにいささか辟易するけれど、このねちっこい描写があるから、終盤にかけてミステリとしての展開が生きるのだろう。実は頭が切れるワークと女性刑事らとの息詰まる駆け引き、あっと驚く真実、そしてすべてが明らかになったあとの新しい人生への旅立ち。
粗暴な妹の恋人(女性だけど)、近所をうろつく気味の悪い男、ワークを助ける探偵ら脇役に至るまで、登場人物の造形がいちいち個性的で鮮やか。なかでも秀逸なのは、冒頭ですでに故人となっている父親だろう。敏腕弁護士だけど、強烈な上昇志向で多くの仕事仲間を敵に回し、家族を抑圧していた。まさにキング。ちょっと「華麗なる一族」の万俵大介を思わせる存在感だ。
弁護士経験のある著者らしく、遺言が事件の重要な鍵になっている。東野さやか訳。(2011・4)
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