ペンギン・ハイウェイ
ぼくはお姉さんのところまで行って、「ごめんなさい」と言った。「ぼくはおとなげないことを言いました」
「君はオトナじゃないんだから、べつにいいんでしょ」
「あと三千八百八十一日たてば、ぼくも大人になる予定です」
「あきれた。よく数えたもんだな!」
「ペンギン・ハイウェイ」森見登美彦著(角川書店) ISBN: 9784048740630
小学4年の「ぼく」が住む郊外の街に、ある日、一群のペンギンが出現した。どうも歯科医院で働く、きれいなお姉さんと関係があるらしい。研究熱心なぼくは、ペンギンとお姉さんの謎を自ら解明すべく、驚くべき冒険に乗り出す。
多くの本好きブロガーが書いてらっしゃいますが、おばかな京大生や怪しいサークル活動が登場しない「新型モリミー」に、滑り出しはちょっと戸惑う。電車の中で読んでいて、笑いをこらえるのに苦労するなんてこともありません。
ところがページを繰るうち、物語に引き込まれるのはなぜだろう。舞台は大学のある郊外の町。まだ造成途中のような住宅地のすぐそばに、空き地や森が存在していて、ぼくとクラスメートのウチダ君は探検に余念がない。言われてみれば子供時代って、ごく身近に、こういう未知の世界があった気がする。
主人公ぼくの造形が秀逸だ。いろんなことを研究して、オリジナルの仮説やわかったことをノートにつけている。賢くて、口調はこ生意気なんだけど、世界の成り立ちを知りたいという気持ち、そしてお姉さんへの憧憬は純粋だ。そんなぼくを、からかってんだか可愛がってんだかわからない真木よう子みたいな(勝手なイメージ)お姉さんとの、軽妙なやりとりが楽しい。
ぼく、ウチダ君に、途中からもうひとり同じクラスのハマモトさんが加わって謎の研究が進んでいく。個性的な登場人物のなかでは、少し影の薄いウチダ君が、意を決したように死について語る印象的なシーンもある。始まりと終わりって、どんな風になっているのか? 考えていたら眠れなくなってしまう。そういう幼い焦燥感には、誰しも覚えがあるに違いない。
加速するクライマックスと、その後の嘘のような静けさ。読み終えると、大人になって、いろんなことがわかった気になってしまうことへの、淡いさびしさが胸に残る。日本SF大賞受賞。(2011・3)
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