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April 09, 2011

キングの死

わたしの人生はわたしのものではなかった。わたしの仮面をかぶった抜け殻のものだった。それでも自分を憐れむ気にはなれなかった。

「キングの死」ジョン・ハート著(ハヤカワ文庫) ISBN: 9784151767012

1年半前から行方不明だった父が、射殺体で発見された。もし犯人が恐れている人物、たったひとりの妹だったら、なんとしても彼女を守らなければならない。弁護士ワークの孤独な闘いが始まる。

「川は静かに流れ」の作家による2006年のデビュー作。デビューにしていきなり600ページの長編だ。しかも中盤まで物語はいっこうに進展せず、ワークのダメ男ぶりをこれでもかというほど描いている。
30歳くらいのいい大人なのに、幼い頃から父に人生を支配され、職業の選択も結婚も父の言いなり。おかげで大切に思う母や妹、恋人を幸せにしてやれず、虚栄心の強い妻との関係も冷え切って、自己嫌悪のあまり酒に溺れている。

おなじみノース・カロライナ州の保守的な雰囲気を背景にした、濃密な家族小説のおもむき。幼い頃から主人公が抱えるコンプレックスの重さ、わだかまりにいささか辟易するけれど、このねちっこい描写があるから、終盤にかけてミステリとしての展開が生きるのだろう。実は頭が切れるワークと女性刑事らとの息詰まる駆け引き、あっと驚く真実、そしてすべてが明らかになったあとの新しい人生への旅立ち。

粗暴な妹の恋人(女性だけど)、近所をうろつく気味の悪い男、ワークを助ける探偵ら脇役に至るまで、登場人物の造形がいちいち個性的で鮮やか。なかでも秀逸なのは、冒頭ですでに故人となっている父親だろう。敏腕弁護士だけど、強烈な上昇志向で多くの仕事仲間を敵に回し、家族を抑圧していた。まさにキング。ちょっと「華麗なる一族」の万俵大介を思わせる存在感だ。 
弁護士経験のある著者らしく、遺言が事件の重要な鍵になっている。東野さやか訳。(2011・4)

ペンギン・ハイウェイ

 ぼくはお姉さんのところまで行って、「ごめんなさい」と言った。「ぼくはおとなげないことを言いました」
「君はオトナじゃないんだから、べつにいいんでしょ」
「あと三千八百八十一日たてば、ぼくも大人になる予定です」
「あきれた。よく数えたもんだな!」

「ペンギン・ハイウェイ」森見登美彦著(角川書店) ISBN: 9784048740630

小学4年の「ぼく」が住む郊外の街に、ある日、一群のペンギンが出現した。どうも歯科医院で働く、きれいなお姉さんと関係があるらしい。研究熱心なぼくは、ペンギンとお姉さんの謎を自ら解明すべく、驚くべき冒険に乗り出す。

多くの本好きブロガーが書いてらっしゃいますが、おばかな京大生や怪しいサークル活動が登場しない「新型モリミー」に、滑り出しはちょっと戸惑う。電車の中で読んでいて、笑いをこらえるのに苦労するなんてこともありません。

ところがページを繰るうち、物語に引き込まれるのはなぜだろう。舞台は大学のある郊外の町。まだ造成途中のような住宅地のすぐそばに、空き地や森が存在していて、ぼくとクラスメートのウチダ君は探検に余念がない。言われてみれば子供時代って、ごく身近に、こういう未知の世界があった気がする。

主人公ぼくの造形が秀逸だ。いろんなことを研究して、オリジナルの仮説やわかったことをノートにつけている。賢くて、口調はこ生意気なんだけど、世界の成り立ちを知りたいという気持ち、そしてお姉さんへの憧憬は純粋だ。そんなぼくを、からかってんだか可愛がってんだかわからない真木よう子みたいな(勝手なイメージ)お姉さんとの、軽妙なやりとりが楽しい。

ぼく、ウチダ君に、途中からもうひとり同じクラスのハマモトさんが加わって謎の研究が進んでいく。個性的な登場人物のなかでは、少し影の薄いウチダ君が、意を決したように死について語る印象的なシーンもある。始まりと終わりって、どんな風になっているのか? 考えていたら眠れなくなってしまう。そういう幼い焦燥感には、誰しも覚えがあるに違いない。

加速するクライマックスと、その後の嘘のような静けさ。読み終えると、大人になって、いろんなことがわかった気になってしまうことへの、淡いさびしさが胸に残る。日本SF大賞受賞。(2011・3)

April 01, 2011

梅棹忠夫語る

ずいぶん日本人は立派なものをつくってきた。だから、それは誇りを持って語るに足ると思う。

「梅棹忠夫語る」語り手・梅棹忠夫、聞き手・小山修二(日経プレミアシリーズ) ISBN: 9784532260972

学問に対する姿勢やメディア論から、挫折を挫折と思わない強靱な生き方まで。2010年に死去した民俗学・比較文明学の巨人・梅棹忠夫最晩年の、語りの記録。

退屈な権威を切り捨て、本質をずばり言い切る。論争をして負けたことがないという絶大な自信と、関西弁をまじえた闊達な語り口が、このうえなく痛快だ。
語り手が語り手なら、聞き手も聞き手。国立民族学博物館でともに過ごした小山修二は、ときにまぜっかえしながら、絶妙にポイントに切り込んでいく。梅棹が繰り出す印象的なフレーズを、ところどころ大きなポイントで組む工夫も。フレーズが自然と、頭の中でリフレインする。

テーマは多岐にわたるけれど、今読むと特に、「日本文明に対する確かな信頼」に触れたところが胸に響いた。先入観に囚われず、虚心坦懐に三内丸山遺跡という存在を見れば、いかに素晴らしい文明なのかがわかるのだと。敗戦で周囲が意気消沈していたときには、本人も着の身着のまま大陸から逃げ帰っていたにもかかわらず、日本はこれから伸びる、国民がいるではないか、と説いて回ったという。 

そして「請われれば一差し舞える人物になれ」という至言。残念ながら私は学問的素養が乏しくて、全体をきちんと咀嚼できているとは思わない。けれど不思議と、勇気がわいてくる一冊だ。(2011・3)

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