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February 26, 2011

そういうものだろ、仕事っていうのは

「体が温まったら、休む元気も出てくるさ」

「そういうものだろ、仕事っていうのは」重松清、野中柊、石田衣良、大崎善生、盛田隆二、津村記久子著(日本経済新聞出版社) ISBN: 9784532171049

「働く」を共通テーマに、6人の人気作家がリレーした短編集。

同じテーマで、こうも違うかと言うぐらい、それぞれの個性が出ていて面白い。重松さんは定年後、よりによって駅の立ち食い蕎麦屋に再就職した(というかアルバイト)父に対する、息子の複雑な思いを、丹念に描いていてホロリとさせる。かと思えば津村さんはごくごく普通のカイシャの、半径5メートルの人間模様をコミカル、かつ的確に描き出して痛快。

味わいは違うけれど、必ずどこかに共感のタネがしこまれている感じだ。日経電子版掲載の小説シリーズ第1弾。(2011・2)

February 24, 2011

マイナス・ゼロ

それらの音の全部を圧して聞こえてくるのは、通行人の足音だった。土曜日の午後とあって、人通りが多い。その人たちの半数近くが和服で、ゲタをはいているのである。

「マイナス・ゼロ」広瀬正著(集英社文庫) ISBN: 9784087463248

発端は大戦末期の東京。空襲のさなか、浜田少年は隣に住む「先生」から最後の頼みを託される。言葉通り18年後、その場所に足を運んだ31歳の浜田の前に出現したのは、なんとタイムマシンだった。

1970年刊行で、日本SF史で記念碑的と言われる時間旅行もの。2008年に復刊して話題になっていた作品を、ようやく読んだ。SNS「やっぱり本を読む人々。」選定120冊文庫の1冊でもある。

明朗快活なエンタテインメントですね。500ページの長編の中に、タイムマシン・パラドックスとか、誰が誰やらのどんでん返しとかの仕掛けがぎっしり。そして何といっても、主人公が昭和38年から誤ってスリップした先の、昭和7年の東京という舞台が、実に生き生きとしていて楽しい。

銀座4丁目の和光はまだ工事中。目抜き通りを、下駄履きの人々が大勢歩いている。自動車のスペックやら風俗、ものの値段までこと細かく再現していて、読者も一緒に「戦前」を体験する気分を味わえる。空襲による壊滅とその後のめざましい復興、経済成長をへた1970年からみて昭和初期の東京というのは、失われた、けれどどこか記憶の隅にある、懐かしい光景だったのだろう。

浜田は昭和7年の慣れない世界で、知り合った気の良い鳶のカシラの助けを借り、なんとか暮らし始める。カシラ一家とのユーモラスなやりとり、冒険と恋。迷い込んでしまった過去も、なかなかいいものだ。
とはいえ、ひたすら過去に回帰する雰囲気はない。そのあたりは、やはり時間旅行を扱ったジャック・フィニイとは違う味わいだ。戦後、急速に進歩した日本製家電製品について語るときの、ちょっと誇らしい感じとか、私たちはよりよい世界をつくることができる、という楽観が全編に流れている。読んでいて、明るい気持ちになる(私はフィニイも好きだけど)。

著者は本作発表のわずか2年後に急逝してしまった。1977年に河出書房新社から全集が出たときの、その死を心から残念がる星新一の解説付き。(2011・2)

February 12, 2011

「銀漢の賦」

(源吾よ、わしはまだ戦っておるぞ)
 将監は胸中でいまは疎遠となっている旧友に語りかけると、反対意見を述べるために膝をのり出した。

「銀漢の賦」葉室麟著(文春文庫) ISBN: 9784167781019

西国の小藩、月ヶ瀬藩に3人の若者がいた。才気煥発な側用人の子息、小弥太(のちの将監)と、同じ剣術道場に通う男気ある源吾、そして百姓の身分ながら自立心旺盛で勉強熱心な十蔵。運命に翻弄された40年と、たとえ道はわかれても変わりえない思いを描く。

評判が高い時代小説を、ようやく読んだ。期待通りの面白さ。270ページと決して長くはないのだけど、ぎっしりとエピソードが詰まっていて、かつちっとも重苦しくない。

時代小説に慣れないせいか、前半はけっこう複雑に感じる。10代からの3人の足跡と、取り巻く人間関係に藩内部の熾烈な権力闘争や、親子2代にわたる様々な確執、秘めた恋が錯綜する。もっとも、文章の歯切れがもの凄くいいので情景にひたり過ぎることなく、テンポ良く読んでいく。

130ページを過ぎたあたりから、がぜん事態が動き出してページを繰る手が止まらなくなった。50を過ぎ、辣腕の名家老とまでうたわれた将監が、命を賭した大勝負を企てる。源吾は20年前のある事件を機に長らく絶交していたのに、将監の熱意に触れて、いささかあきれつつも巻き込まれていく。
ここまで来る間には、人に言えないような策謀を巡らしたこともある、妻子を泣かせたこともある。そうして白髪まじりになった、いい年をした男たちが、それぞれの譲れない思いを胸に抱えて、峠のいただきを目指すのだ。痛快で爽やかで、泣けます。

漢詩が、若い日々と現在とを結ぶキーになっている。その格調の高さ、清冽さが、なんとも効果的。脇役の魅力も見逃せません。例えばどうしようもなく俗物だけど、したたかで憎めない源吾の女婿、伊織。潔いばかりでなく、人間くさい登場人物が物語に厚みを与えている。松本清張賞受賞。(2011・2)

February 04, 2011

「平穏死」のすすめ

最後の一週間は口を湿らすだけでした。ひ孫さんまで三世代のご家族がおばあちゃんの部屋一杯に詰めかけていました。最期まで皆でテレビを見ながら過ごしていたのでした。

『「平穏死」のすすめ』石飛幸三著(講談社) ISBN: 9784062160148

特別養護老人ホームの常勤医である著者が、超高齢社会の現実と安らかな最期について考える。

お年寄りを意識したのだろう、大きめの文字を使い、平易な文章で、特養ホームでの経験を綴っている。長い人生を生き抜いたとして、いったい私たちがどんな状態になるのか、どんな治療やケアがありうるのか。誰の身にも、また誰の家族の身にも起きうる、ひとつの最期の日々のかたち。まずは現実を、できるだけ具体的に知ることの大切さが、ひしひしと感じられる。

著者が説く、あるべき「看取り」を、すんなり受け入れられるかというと、そこは正直、簡単ではない気がする。医療と介護の財政事情、個々の病院や施設の経営、現場のプロたちに今できることと、できないこと。

そしてなにより本人と家族にとっては、それこそ命の数だけ、多様な思いがあるはずだ。いったん決めたらきっぱり、というより、日々揺れ動くのではないか、とも思う。だからこそ、簡単には結論に達しなくても、誰もが知って、考えておくべきテーマなのだ。「その時」に直面したら、考える時間はそれほどないかもしれないのだから。(2011・2)

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