「地球最後の日のための種子」
「もし種(たね)が消えたら、食べ物が消える。そして君もね」
「地球最後の日のための種子」スーザン・ドウォーキン著(文藝春秋) ISBN: 9784163731506
世界中の作物の種子を収集し、保管する「シードバンカー」。その活動に生涯をささげたデンマーク人植物学者、ベント・スコウマンの評伝。
2010年には名古屋で締約国会議があり、「生物多様性」が何かと話題になったが、私は正直、あまりピンときていなかった。たぶん一生行くことのないであろう熱帯の森林とか、美しい珊瑚礁の生態系を守ること、というイメージを、漠然と抱いていたからだ。
そんな勉強不足の迂闊な自分でも、本書を読むと「多様性」の持つ違う意味合いが、鮮やかに見えてくる。焦点は、世界の食糧供給なのだ。
小麦、トウモロコシ、じゃが芋…。世界の農家が何かを作付けるとき、改良を重ねて少しでも収量が多く、味の良い品種を選ぶことは、誰にも止められない。しかし結果として、優秀な同一の品種が、時には国境さえまたいで地表の畑を覆いつくすこともある。もし、その品種を根こそぎ壊滅させかねない、深刻な作物の病気が出現したらどうなるか? おまけに、そうした病気もまた、国境をやすやすとまたいで広がっていく。
遺伝的に均一だということは、こうした脆弱さをはらむ。しかし、多様な種をあらかじめ蓄えておけば、その蓄えのなかから病気に強い形質を見つけ出して、食糧供給を立て直せる可能性がでてくる。だからシードバンカーたちは多様な種を飽くことなく求め、中東やチベットやアフリカを飛び回る。ときに辺境とか、政治的に不安定な地域にも果敢に足を運ぶ様子は、わくわくする冒険小説のようだ。
主人公スコウマンは気分屋で酒好き。各国の政府が、どうにかしてシードバンクの活動予算を削ろうとしたり、国際的企業が遺伝資源を囲い込もうとすると、激しく抵抗して危なっかしいほどだ。けれど、それもこれも開かれたシードバンクの存在こそが、世界を飢餓から救うと信じているから。
やがて彼は、北極圏に近い極寒の島に行き着く。凍土に覆われた地下貯蔵庫に、何百万という種子を保存しようという、現代の方舟プロジェクトを指揮するために。SFめいて聞こえるほど壮大な構想を、現実に動かした人物がいた、ということに、なんだか胸がいっぱいになる。
重要なシードバンカーの一人として、日本人の学者が登場することも発見だった。「ハチはなぜ大量死したのか」(ロ-ワン・ジェイコブセン著、文藝春秋)の中里京子訳。(2010・12)
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