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December 30, 2010

2010年ベスト

2010年のあとわずか。今年もあまり沢山は読めませんでしたが、印象的な本が数々ありました。…というわけで、個人的ベストをメモ。まずフィクション10冊は、

1、「掏摸」中村文則
2、「ラスト・チャイルド」ジョン・ハート
3、「横道世之介」吉田修一
4、「音もなく少女は」ボストン・テラン
5、「小さいおうち」中島京子
6、「シューマンの指」奥泉光
7、「天地明察」冲方丁
8、「俺俺」星野智幸
9、「時の娘」ジョセフィン・テイ
10、「あんじゅう 三島屋変調百物語事続」宮部みゆき

今年の新刊でないものも、古典も混ざってますが、振り返ると特に国内の作家については、個性が強烈で、記憶に残る本が多かったような。だから、順序はほとんど意味ないですね。
徹頭徹尾スタイリッシュな「掏摸」、愛らしさ全開の「横道世之介」、そして「シューマンの指」の技巧、「俺俺」の気持ち悪さ。いずれも格別でした~
海外ミステリはジョン・ハート、ボストン・テランに、ぐいっとねじ伏せられた感じ。

ノンフィクションは、フィクション以上に読書量が少なかったのが悔しいですが、とりあえず5冊。

1、「逝かない身体」川口有美子
2、「単純な脳、複雑な『私』」 池谷裕二
3、「地球最後の日のための種子」スーザン・ドウォーキン
4、「戦後世界経済史」猪木武徳
5、「たまたま」レナード・ムロディナウ

ちなみにSNS「やっぱり本を読む人々。」選出「120冊文庫」からは「雪沼とその周辺」堀江敏幸、「しゃべれどもしゃべれども」佐藤多佳子と、未体験の作家を読了。
読書会の課題本では、「言の葉の樹」アーシュラ・K・ル・グィン、「時の娘」ジョセフィン・テイ、「お菓子と麦酒」サマセット・モーム、「絹と明察」三島由紀夫を。こうしてみると、自分としては結構、いろんな分野にチャレンジしたかもしれません。

まだまだ2010年の話題作、気になる本の中に、読み切れていない本がたくさんあって、楽しみは来年に持ち越しです。それから、来年はもっとノンフィクションを読みたいなあ。

December 23, 2010

叫びと祈り

牢屋の外から写真を撮られたら、どんな気分になる? 不快だろ。つまりそれと同じだよ

「叫びと祈り」梓崎優著(東京創元社) ISBN: 9784488017590

国際情勢を分析する専門誌の若手ライターで、語学に堪能な斉木が、世界各地への取材旅行で遭遇する事件。第五回ミステリーズ!新人賞の短編「砂漠を走る船の道」を含む連作短編集。

話題の作家のデビュー作だ。まだ20代。アフリカの砂漠地帯、風車が立つスペインの白い街、秋深まる南ロシアの修道院……と、紀行番組を観るような架空の舞台の雰囲気に味わいがある。

斉木は旅をしながら、様々な異文化を取材してまわる。だから連作をつないでいく通奏低音は、価値観の異なる人と人が理解しあうこと、通じ合うことの難しさだ。
ミステリーとしては本格。個人的にあまり本格に慣れていないせいか、正直、あまり滑らかな展開ではないなあ、と感じるところもあったけれど、各編を結ぶテーマが巻末に至ってはっきりと形をなし、清々しさを残す感じは巧い。(2010・12)

December 19, 2010

「音もなく少女は」

「悲劇を繰り返すために人生を浪費するつもりはないわ」そう言って、クラリッサはイヴを見た。「あなたの人生もね」

「音もなく少女は」ボストン・テラン著(文春文庫) ISBN: 9784167705879

1975年の夏、ニューヨーク・ブロンクスで起きたある殺人。ともすれば3面記事のなかに埋もれてしまいそうな一つの事件が起きるまでの、25年にわたる母娘の闘いの日々を、克明に描く。

評判の翻訳ミステリー460ページを一気読み。ひと言で言うと、とても力強い物語だ。
ヒロインは生まれつき耳の不自由なイタリア移民の娘、イヴ。1950年、この世に生を受けた状況は、苛酷としかいいようがないものだ。貧困や父親の暴力、地域に蔓延する薬物汚染、組織犯罪が、最愛の人たちを容赦なく襲う。次々に起きる悲劇に、荒廃していく60年代、70年代のブロンクス、さらにはアメリカ社会の歪みというべきものが二重写しになる。

絶望的とも思える環境にあって、女であること、貧しいこと、人種や障害によって差別されること。テーマは重く、理不尽で、読みすすむのが辛いほど。しかし、イヴと彼女を取り巻く2人の女性があまりに健気で、どんどん目を離せなくなる。その2人とはイヴの母クラリッサ、そしてイヴに手話を教えるドイツ移民で気骨の人、フランだ。

3人はそれぞれ心に深い傷を負いながらも、決して誇りを棄てず、ごく普通の幸せを掴み取ろうと、非情な運命に立ち向かっていく。そんなシーンが、いちいち感動的です。
特にイヴが成長し、写真で自分を表現し始めると、彼女の観たもの、その思いが鮮烈に切り取られて、映画のワンシーンのように強い印象を与える。たとえばヴェトナム反戦の機運高まるコンサート会場で、若者たちが一斉に突き上げるピースサインの波。

カバーに記された紹介によると、これは著者の自伝的な内容らしい。言い回しが固く思えるくだりもあるけれど、それを差し引いても、並々ならない熱が伝わってくる一作。田口俊樹訳。(2010・12)

December 14, 2010

「地球最後の日のための種子」

「もし種(たね)が消えたら、食べ物が消える。そして君もね」

「地球最後の日のための種子」スーザン・ドウォーキン著(文藝春秋) ISBN: 9784163731506

世界中の作物の種子を収集し、保管する「シードバンカー」。その活動に生涯をささげたデンマーク人植物学者、ベント・スコウマンの評伝。

2010年には名古屋で締約国会議があり、「生物多様性」が何かと話題になったが、私は正直、あまりピンときていなかった。たぶん一生行くことのないであろう熱帯の森林とか、美しい珊瑚礁の生態系を守ること、というイメージを、漠然と抱いていたからだ。

そんな勉強不足の迂闊な自分でも、本書を読むと「多様性」の持つ違う意味合いが、鮮やかに見えてくる。焦点は、世界の食糧供給なのだ。
小麦、トウモロコシ、じゃが芋…。世界の農家が何かを作付けるとき、改良を重ねて少しでも収量が多く、味の良い品種を選ぶことは、誰にも止められない。しかし結果として、優秀な同一の品種が、時には国境さえまたいで地表の畑を覆いつくすこともある。もし、その品種を根こそぎ壊滅させかねない、深刻な作物の病気が出現したらどうなるか? おまけに、そうした病気もまた、国境をやすやすとまたいで広がっていく。

遺伝的に均一だということは、こうした脆弱さをはらむ。しかし、多様な種をあらかじめ蓄えておけば、その蓄えのなかから病気に強い形質を見つけ出して、食糧供給を立て直せる可能性がでてくる。だからシードバンカーたちは多様な種を飽くことなく求め、中東やチベットやアフリカを飛び回る。ときに辺境とか、政治的に不安定な地域にも果敢に足を運ぶ様子は、わくわくする冒険小説のようだ。

主人公スコウマンは気分屋で酒好き。各国の政府が、どうにかしてシードバンクの活動予算を削ろうとしたり、国際的企業が遺伝資源を囲い込もうとすると、激しく抵抗して危なっかしいほどだ。けれど、それもこれも開かれたシードバンクの存在こそが、世界を飢餓から救うと信じているから。
やがて彼は、北極圏に近い極寒の島に行き着く。凍土に覆われた地下貯蔵庫に、何百万という種子を保存しようという、現代の方舟プロジェクトを指揮するために。SFめいて聞こえるほど壮大な構想を、現実に動かした人物がいた、ということに、なんだか胸がいっぱいになる。

重要なシードバンカーの一人として、日本人の学者が登場することも発見だった。「ハチはなぜ大量死したのか」(ロ-ワン・ジェイコブセン著、文藝春秋)の中里京子訳。(2010・12)

December 10, 2010

「シューマンの指」

「僕が弾くわけないさ。だって、弾く意味がない。音楽はここにもうある」

「シューマンの指」奥泉光著(講談社) ISBN: 9784062163446

留学中の旧友・鹿内から受け取った手紙には、信じられないことが書かれていた。ザクセンで開かれたコンサートで、永峰修人がピアノを弾いたという。そんなはずはない。彼はまだ高校生だったあの夏、不幸な事件で大切な指を失ったのだから…。

シューマン生誕200年の年に書きおろされた、評判の音楽ミステリを読む。全編を通して、どこからともなくピアノの音が響いてくるような、不思議な空気感を楽しんだ。

物語のほとんどは、里橋優が自ら修人との思い出を綴った手記で占められている。里橋は音大を目指していた高校時代、下級生の修人と知り合う。彼は当時、すでに早熟の天才ピアニストとして名をはせていたものの、なぜか人前で演奏することを避けている。里橋にピアニストらしい情熱をみせるのは、もっぱら敬愛するシューマンの音楽性を分析してみせるときだけだ。繊細な指を譜面に走らせながら、修人が熱く語る完璧な音楽というものに、いつしか里橋も魅入られていく。

前半はどこか無邪気な青春時代の回想を装っているけれど、じわじわと物語の世界が歪んでいく。まるで作曲家、音楽評論家として活躍しながら、精神のバランスを失っていったシューマン、その人の人生のように。そして後半には血なまぐさい展開、あっと驚く結末が待ちうけるのだ。

完璧な芸術は、それを切実に求める人の心の中に確かに存在するのだけれど、決して手で触れることができない。なんて悲劇なのか。アクロバティックな技巧を見せつけつつ、読む者にどこか切ない余韻を残す。この手腕は、さすがです。実は恥ずかしながらシューマンについて、「トロイメライ」ぐらいしか知らなかったけれど、ユーチューブで演奏を検索しながら堪能。鍵盤のデザインの装丁もお洒落。(2010・12)

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