あんじゅう
人は変わる。いくつになっても変わることができる。おちかは強く、心に思った。
「お世話になり申した」
頭を下げて、若先生は言った。
「あんじゅう 三島屋変調百物語事続」宮部みゆき著(中央公論新社) ISBN: 9784120041372
神田で袋物を商う三島屋。主人伊兵衛の姪で、十七歳のおちかは、この家で女中として働きながら、もう一つの大事な役目を言いつけられている。それは屋敷の一間に客を迎えて、他言無用の不思議な話を聞き集めること。
「おそろし」の続編。560ページという厚さだが、語り口が巧みですいすい読める。
いつにも増して、登場する「小さな者たち」の愛らしさが際立っている。それが、いたいけな子供であれ、水を操るという神さまであれ、寂れた屋敷に棲みついた、まるで妖怪のような「暗獣(あんじゅう)」であれ。
おちかを訪ねる客たちは、超常現象と言えるような不思議な話を語る。そのエピソード自体、怖いけれど、よくよく聞いてみるとすべては人の心の内の思いが生み出したものとわかって、一層背筋がぞくっとする。嫉妬とか、偏狭な心とか、何かをうち捨てて顧みない酷薄さとか、ああ、人が抱える闇のなんと深いことか。
だけど、救いはある。小さな者のいじらしさ、そのいじらしさに触れて登場人物たちが示す優しさが、やがて爽やかに読む者の胸を打つ。自らも暗い過去をもつおちかの心が、ようやくほどけかかる予感も漂っていて、さらなる続編が楽しみです。
見開き2ページに一つずつ、ページ下の余白に合わせて南伸坊さんのチャーミングな挿絵を配した、手の込んだ作り。贅沢だなあ。新聞連載の単行本化。(2010・11)