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November 28, 2010

あんじゅう

 人は変わる。いくつになっても変わることができる。おちかは強く、心に思った。
「お世話になり申した」
 頭を下げて、若先生は言った。

「あんじゅう 三島屋変調百物語事続」宮部みゆき著(中央公論新社) ISBN: 9784120041372

神田で袋物を商う三島屋。主人伊兵衛の姪で、十七歳のおちかは、この家で女中として働きながら、もう一つの大事な役目を言いつけられている。それは屋敷の一間に客を迎えて、他言無用の不思議な話を聞き集めること。

「おそろし」の続編。560ページという厚さだが、語り口が巧みですいすい読める。
いつにも増して、登場する「小さな者たち」の愛らしさが際立っている。それが、いたいけな子供であれ、水を操るという神さまであれ、寂れた屋敷に棲みついた、まるで妖怪のような「暗獣(あんじゅう)」であれ。

おちかを訪ねる客たちは、超常現象と言えるような不思議な話を語る。そのエピソード自体、怖いけれど、よくよく聞いてみるとすべては人の心の内の思いが生み出したものとわかって、一層背筋がぞくっとする。嫉妬とか、偏狭な心とか、何かをうち捨てて顧みない酷薄さとか、ああ、人が抱える闇のなんと深いことか。

だけど、救いはある。小さな者のいじらしさ、そのいじらしさに触れて登場人物たちが示す優しさが、やがて爽やかに読む者の胸を打つ。自らも暗い過去をもつおちかの心が、ようやくほどけかかる予感も漂っていて、さらなる続編が楽しみです。

見開き2ページに一つずつ、ページ下の余白に合わせて南伸坊さんのチャーミングな挿絵を配した、手の込んだ作り。贅沢だなあ。新聞連載の単行本化。(2010・11)

November 06, 2010

「ラスト・チャイルド」

ジョニーは早くに学んだ。なぜそんなにも他人と違うのか、なぜ少しも物に動じないのか、なぜ光を吸いとってしまうような目をしているのかと問われたら、こう答えるつもりだ。どこも安全ではないことを早くに学んだのだと。

「ラスト・チャイルド」ジョン・ハート著(ハヤカワ文庫)  ISBN: 9784151767036  ISBN: 9784151767043

13歳のジョニーはひとり残された子供、ラスト・チャイルドだ。1年前に双子の妹アリッサが姿を消して以来、人生のなにもかもが暗転した。温かかった家庭をなんとか取り戻そうと、彼は妹の行方を追い始める。

「川は静かに流れ」の作家による長編3作目は、上下巻700ページの重量級。期待通り内容もずっしりと重く、イーストウッドタッチで読ませる。
舞台はおなじみノース・カロライナの田舎町。ジョニーの美しい母キャサリンは、アリッサの行方不明をきっかけに夫が失踪、家さえ失って、素行の悪い町の有力者の愛人となっている。酒と薬と暴力のすさんだ日々。一方、刑事ハントは、キャサリンとジョニー親子を遠まきに見守ってくれる存在だが、アリッサ探索にのめり込むあまり自身の家庭が崩壊、警察組織でも孤立しつつある。導入部からいきなり、登場人物それぞれの周囲に閉塞感という霧が分厚く立ちこめている。

ジョニーの目の前に、とつぜん橋の上から一人の男が落下してきて、物語が動き始める。男はアリッサの消息の手がかりらしき、謎の言葉を言い残して息絶え、 そこからは事件、また事件。あまりに悲劇が続くので、読むのがちょっと辛いくらいだ。おまけにジョニーが森で出会う大男フリーマントルは、ぶつぶつつぶや くモノローグがほとんど意味不明だし、中盤からは遠い過去のいきさつもからんできて、ストーリーの複雑さが増す。

けれどジョニーの健気さが、読む者をぐいぐいと引っ張っていく。寡黙で、幼いながら強靱な独立心と信じられない行動力をもち、へたに触れたらこちらが怪我をしそうな少年。「さびしくなんかない」と自らにきつく言い聞かせて、行方不明の妹のために、どんどん危険に飛び込んでいってしまう。
そんなジョニーも、たったひとりの親友にだけ見せる横顔には、胸にしまい込んだ深い喪失感が漂っている。これが、なんとも切ない。

読み進むうち、謎が解き明かされ始めると、どんどん勢いがつく。相次ぐスリル、二転三転の末に見えてくる、なかなかヘビーな真相。取り返しのつかない過ちと裏切り。登場人物それぞれが何かしら傷を負い、大切なものを失わなければならない。どうにも暗いんだけど、ラスト一行まできて、一筋の光がさす。じんと胸に残る、再生の予感。

前作に続いて、主人公が示す人間としての未熟さと、お母さんが美人、というところが、目が離せなくなるポイントなのかもしれない。アメリカ探偵作家クラブ最優秀長編賞。東野さやか訳。

November 03, 2010

ドキュメントひきこもり

一旦、社会からリタイヤしてしまうと、なかなか社会復帰ができないまま、密かに地域で息を潜めている実態が浮かび上がってきたのだ。

「ドキュメントひきこもり」池上正樹著(宝島新書) 
ISBN: 9784796677882

1997年からひきこもりの実態を追いかけているというジャーナリストが、当事者、家族、医師や支援者の声を通じて最新事情を綴る。

08年の東京都のサンプル調査で、「ひきこもり」状態の人は都内で2万5000人、予備軍は約20万人、また厚生労働省の調査では、ひきこもりの人がいる家庭は全国で約26万世帯と推計されている。
かつてひきこもりというと、中高校生が不登校の延長線上で、自宅の個室に閉じこもって一歩も出てこない、というイメージがあった。青春の痛みというか、子供に個室を与えているごく普通の家庭で起きる、何やら理解しづらい事態、という印象もあったと思う。

しかし最近は「高年齢化」や、7年以上といった「長期化」の傾向が強まっているという。一度は社会にでて働いた経験がある人、近所のコンビニに出かけたりはできるのに、求職活動をしようとすると体が動かない人、といった例が少なくないらしい。そういう雇用環境が引き金になっているようなケースまで、ひきこもりと括ってしまうのが適切なのか、という気がしてくる。
当事者が高齢化するということは、親は年金生活者だったりするわけだ。その閉塞感は想像にあまりある。著者は医療的、経済的支援の必要性を指摘している。(2010・11)

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