「記憶する力忘れない力」
大きな声こそ出せませんが、山手線の端っこの席でよくブツブツやりました。三周すると三時間、ヘトヘトになるまでケイコしたものです。声は小さいのですが、上下はきちんと振ります。そこが不審なのでしょう。隣の人がよく席を立ちました。
「記憶する力忘れない力」立川談四楼著(講談社+α新書) ISBN: 9784062726399
立川流の落語家が綴る噺の記憶術、そして忘れたときのゴマカシ力。
ノウハウ本のかたちをとっていて、実際、役に立ちそうな言葉が散りばめられている。しかし読んだ印象は、前座、二つ目、真打時代の思い出を軽妙に綴ったエッセイだ。
前座のころ、談志にいきなりタクシーの中で教わった噺を「演ってみろ」と命じられて、必死にしゃべったこと。真打昇進で小朝さんに抜かれ、奮起したこと、その後の落語協会脱退事件。やがて同行した南米公演で談志にだめ出しされ、師匠の模倣から抜け出る必要を痛感したこと、などなど。
ネタを書き取ったノートの染みで、そのくだりの記憶が蘇る経験や、貴重なネタを教わっても師匠へのお礼はお歳暮のみで、それも3000円まで、という習わしなど、噺家ならではの印象的なエピソードも満載だ。
なかでも昭和の名人たちの、晩年の逸話が心に残る。仕草で開けるべき戸を開け忘れても、平然としていたという奔放な志ん生。対照的に正確無比な「精密機械」と呼ばれ、高座で詰まったときの詫びの文句さえケイコしていた文楽。病に倒れて往年の爆笑パワーを失いつつ、やっぱりドカンと受けるまではどうしても高座を降りられなかった三平。一流の芸人だからこその個性的な姿がそれぞれに、おかしくも切ない。(2010・10)
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