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October 24, 2010

マルガリータ

みげるは南蛮に行きさえしなければ、あのような酷い生涯は送らずにすんだのでございます。

「マルガリータ」村木嵐著(文藝春秋) ISBN: 9784163295107

帰国した千々石ミゲルはなぜ、4人の天正遣欧少年使節のうちただ一人、棄教したのか。彼は生涯、誰を思って生きたのか。

信長から秀吉、そして徳川の治世へ。支配者の変遷、大名たちの生き残りをかけた権謀術数に、ミゲルと日本のキリシタンたちが翻弄されるさまを、約300ページにわたり丹念に描く。痛ましい迫害、時にはすすんで殉教を選んでしまう信者たちの心根には出口が見えず、読んでいて息苦しいほどだ。
一度は心の支えと思ったものが、時代によって否定されることの悲痛。ヨーロッパからきた宣教者たちの思惑さえ絡み合う。それを長きにわたり、みているしかなかったミゲルの妻、珠(たま)が、ありったけの疑問をぶつけるクライマックスに迫力がある。

著者は司馬遼太郎夫人、福田みどりさんの個人秘書という経歴です。松本清張賞受賞。(2010・10)

街場のメディア論

書棚に並んだ本の背表紙をいちばん頻繁に見るのって、誰だと思いますか。自分自身でしょう。自分から見て自分がどういう人間に思われたいか、それこそが実は僕たちの最大の関心事なんです。

「街場のメディア論」内田樹著(光文社新書) ISBN: 9784334035778

既存メディアビジネスの衰退論の背景にあるのは何か。神戸女学院大での講義を新書化。

電子書籍が普及すると紙の本がとって代わられ、現在の出版ビジネス、出版流通は激震に見舞われると言われている。けれど電子書籍には今のところ、自宅の書棚に並べてその背表紙を自他の目にさらす、という機能はない。本棚であれば、訪ねてきた知人がそのラインナップに何らかの印象を持つ、とか、自分がまだ読んでいない本を眺めて、自らを鼓舞する、といった効果があるのに。紙メディア衰退論では、そのあたりを見落としていないか。

全編に流れる、読み手の知性とか知識欲とかに対する、無垢ともいえそうな信頼が印象的だ。一見皮肉そうな口調だけど、こういう元気がでる感じがあるのが、人気の理由なのかな。自身の著書がビジネス上、かなりの実績をあげているからこそ言えること、と思える部分もあるけれど。

本筋ではない導入部分の、就職を考える学生に向けた「自分の適性なんて、実際に仕事をしていく過程で開発されるものじゃないの?」といった問いかけも、なんだか元気がでる。(2010・10)

October 11, 2010

「七人の敵がいる」

「……ねえ、ミス・ブルドーザー。君は相変わらず、あらゆるものをなぎ倒して前に突き進んでいるかい?」
「だから、ミセス」ですってばと、続けようとしてふと気が変わった。「……はいはい、ブルドーザー母ちゃんになって、日々驀進していますよ」

「七人の敵がいる」加納朋子著(集英社) ISBN: 9784087713565

出版社に勤める主人公の山田陽子が、一人息子の小学校在学中、子育てを巡って様々な「敵」に遭遇する奮闘記。

人気作「ななつのこ」の作家が書いたPTA小説、ということで、興味をひかれて読んだ。多忙なワーキングマザーがPTA、学童保育、自治会、スポーツ少年団などに関わって、様々な不合理、非効率を感じ、立ち向かっていくさまを、コメディタッチで描いている。
著者自身、一児の母とか。多分にデフォルメされているけれど、ワーキングマザーと専業主婦との感覚のずれや、夫、姑、小姑との行き違いなどは、結構リアルなところもありそう。普通の親でいることも、きょうび、そうそう楽じゃあない。

読み始めた当初は、陽子のトラブルメイカーぶりにちょっとあきれた。なにしろ全く場の空気を読まず、目の前にいる相手を容赦なく論破してことごとく敵に回してしまうのだ。しかし、その性格のせいで職場でも「ブルドーザー」などと揶揄され、決して得はしていない。しかもその損な性格を十分自覚していると語られるにつれ、なんだか可愛らしく思えてきた。

いったん疑問に思うと黙っていられない、だから上手に立ち回れない。けれど立場の違う親たちの事情をだんだんに理解して、自分なりになんとか解決策を探ろうと努力していく。子を思う気持ちは、誰しも同じなのだから。

陽子が敵を攻略するさまは痛快。もちろん「そんなにうまくいくわけないだろ」とツッコミたい展開だけれど、往年の名作ホームドラマ「ダブル・キッチン」(1993、TBS)のような明るい味わいだ。健気な息子・陽介や、陽子の面倒な性格を面白がって辛辣に論評するママ友・遙ら、脇をかためる登場人物もなかなか魅力的。(2010・10)

「記憶する力忘れない力」

大きな声こそ出せませんが、山手線の端っこの席でよくブツブツやりました。三周すると三時間、ヘトヘトになるまでケイコしたものです。声は小さいのですが、上下はきちんと振ります。そこが不審なのでしょう。隣の人がよく席を立ちました。

「記憶する力忘れない力」立川談四楼著(講談社+α新書) ISBN: 9784062726399

立川流の落語家が綴る噺の記憶術、そして忘れたときのゴマカシ力。

ノウハウ本のかたちをとっていて、実際、役に立ちそうな言葉が散りばめられている。しかし読んだ印象は、前座、二つ目、真打時代の思い出を軽妙に綴ったエッセイだ。

前座のころ、談志にいきなりタクシーの中で教わった噺を「演ってみろ」と命じられて、必死にしゃべったこと。真打昇進で小朝さんに抜かれ、奮起したこと、その後の落語協会脱退事件。やがて同行した南米公演で談志にだめ出しされ、師匠の模倣から抜け出る必要を痛感したこと、などなど。
ネタを書き取ったノートの染みで、そのくだりの記憶が蘇る経験や、貴重なネタを教わっても師匠へのお礼はお歳暮のみで、それも3000円まで、という習わしなど、噺家ならではの印象的なエピソードも満載だ。

なかでも昭和の名人たちの、晩年の逸話が心に残る。仕草で開けるべき戸を開け忘れても、平然としていたという奔放な志ん生。対照的に正確無比な「精密機械」と呼ばれ、高座で詰まったときの詫びの文句さえケイコしていた文楽。病に倒れて往年の爆笑パワーを失いつつ、やっぱりドカンと受けるまではどうしても高座を降りられなかった三平。一流の芸人だからこその個性的な姿がそれぞれに、おかしくも切ない。(2010・10)

October 03, 2010

「俺俺」

電源がオンになれば、プログラムで型どおりにしか動かず生身の俺など理解しない親という連中にかかわらなければならないし、同僚と同僚らしくつきあわなければならないし、自分のキャラを立てる努力をしなくちゃならないし、自分を説明しなきゃならない。俺は絶えず俺でいなければならないのだ。

「俺俺」星野智幸著(新潮社) ISBN: 9784104372034

ほんの悪戯心から、拾った携帯電話でオレオレ詐欺を働いた俺。ところがいつの間にかなりすました相手と自分が入れ替わってしまい、さらに周囲でどんどん「俺」が増殖していく。

あまり予備知識がないまま、話題作を手にとった。シュールで不条理で、読んでいる間じゅう胸がざわざわ。この嫌~な感じは何なのだろう。
物語のなかで増殖する「俺」は、決して主人公のそっくりさんではない。老若男女ばらばらなのに、俺は出会うたび、確かに「こいつは俺だ」と感じる。映像ではとても表せないであろう、徹頭徹尾意味不明な状況の造形力がすごい。

当初、主人公は、周囲の「俺」も「俺」同士なのだから、価値観が共通していて努力しなくてもわかりあえるんだ、と感じる。その心地よさは、実は他者とのコミュニケーション不全の裏返しであり、これだけで十分に不穏な現象なのだが、話はここで終わらない。
やがて社会に「俺」が増殖し過ぎて、まるで自分たちが鰯の群れのように思えてくる。ここいらあたりから、不快な異様さがぐっと増してくる。あふれかえる大量の自分を肯定できなくなり、なんとも息苦しい破滅へとなだれ込んでいくのだ。自己の存在の溶解という、底知れない恐怖。

暗い話なのだけれど、随所に「ああ、こういうことってあるな」と感じさせる滑稽さが漂うところが、巧い。主人公が働く家電店のせこい値引き方やら、ファストフード中心の食生活やら、ブームになった高尾山観光の混み具合やらが妙にリアル。だから、物語世界のとんでもない非現実も、まるで現実の地続きのような気がしてきて怖い。

かつてオレオレ詐欺が流行り始めたとき、短い三面記事を読んで胸をつかれた覚えがある。ある高齢女性が警官に「あなたが話した相手は詐欺師ですよ」と諭され、「確かに騙されてるのかもしれないけど、誰かに必要とされるなら本望だ」と言い張った、という話だった。今や事態はもっと、先を行っているのかもしれない。正直、カタルシスはなかったけれど、現代社会の奥底を見つめる作家の眼の、鋭敏さを感じた。大江健三郎賞受賞。(2010・9)

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