「しゃべれどもしゃべれども」
どの顔も、どの顔も、自分のこれからに自信や希望がもてないで困っていた。
その困っている連中に、俺はなぜか落語を教えていた。俺自身が落語に困っているというのに、教えているのだった。
「しゃべれどもしゃべれども」佐藤多佳子著(新潮文庫) ISBN: 9784101237312
噺家二つ目の今昔亭三つ葉は、ひょんなことから素人に落語を教えるはめになる。腕が良くてハンサムなのに、口べたで苦労しているテニスコーチ、とんでもなく無愛想な元小劇団の女優…。個性的な面々との葛藤と成長の日々。
SNS「やっぱり本を読む人々。」選出「100冊文庫+20」のうちの一冊を、旅先に持参して読んだ。これが初の佐藤多佳子さん。
明るくて軽妙で、すいすい読める。けれど、巻末の北上次郎さんの的確な解説にもあるように、ちょっと違和感のあるイメージが巧妙に散りばめられていて、深みを感じさせるところが、巧い。人って、嬉しいときでもただ笑うだけじゃないし、他人からはこの上なく平凡にみえる日常も、当人にとっては平凡なだけじゃあない。
落語を学ぶ「生徒」たちがそれぞれに抱える悩みは、ごく短く言えばコミュニケーションの問題だ。しかし周りの人の気持ちがわからないわけではなく、わかり過ぎてしまってややこしくなっている、というあたりが、なんとも今日的で、身につまされる。
登場人物は、「坊ちゃん」とあだ名されるほど直情型の主人公・三つ葉はもちろん、ほんの脇役に至るまで皆、生き生きして魅力的。個人的には特に白馬師匠がお気に入り。ダンディーで毒舌で、古典を「現代に通用しない」と痛烈にくさしながらも、結局は落語という時代遅れの芸を愛してやまない。格好良いなあ。(2010・8)
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