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August 12, 2010

「光媒の花」

「一生懸命頑張れば、この袋の中に世界中の虫を捕まえることだってできるんだよ」
「この袋に……?」
 そう、とサチは私を正面から見てうなずいた。
「虫だけじゃないよ、世界を全部入れちゃうことだって、できるんだよ」

「光媒の花」道尾秀介著(集英社) ISBN: 9784087713374

ある街の片隅でひっそり生きる男女、それぞれが抱く秘密と屈託を、蝶の視点でつないでいく連作短編集。

虫に花粉を運ばせる花に比べて、風に運命を託す「風媒花」の外見は地味だという。虫の目にとまるように、自らを飾りたてる必要がないから。
連作の登場人物たちは、年齢も職業もばらばらだけれど、みな風媒花のように、目立つことのない平凡な存在だ。けれど実は、口にはできない複雑な思いを抱えている。遠い日の罪の後悔とか、家族に対する長い間のわだかまりとか。

どちらかといえば淡々とした筆致が心地良い。陰湿なエピソードが続いたり、イメージの符合がちょっと強引過ぎるところもあって、決して完成度が高いとは思えないのだけれど、一抹の希望を感じさせる展開も巧みだ。金茶の色調が美しい装丁は片岡忠彦。山本周五郎賞受賞。

August 07, 2010

「日本魅録」

彼がキャメラマンに切り取らせたのは、時間ではなく「空間」だった。「時間」は切り取らずに丸ごと俳優に預けてくれた。

「日本魅録」香川照之著(キネマ旬報社)  ISBN: 9784873762784

1965年生まれの俳優・香川照之による雑誌連載の単行本化。2003年初めから2005年春まで、話題としては「利家とまつ」から「救命病棟24時」までを収録している。

実によく働いている実力俳優だけあって、アジアを含む幅広い映画、ドラマの現場が次々と登場。崔洋一、伊勢谷友介、吉永小百合、長瀬智也……。著者はとにかく一緒に働いた監督、俳優がいかに素晴らしいか、言葉をつくして誉めまくる。読み始めてからしばらくは、これって撮影秘話というより仕事のラブコールかしらん、と感じていた。

だがほどなく、著者が自己分析を吐露し始めたあたりから、おもむきが違ってきた。理屈っぽくて、ちょっと面倒くさそうな性格はどんな風に作られてきたか。また、観客には天職にしかみえない俳優という仕事に対して抱いている、何やら屈折した思い。つまりは演じるということはいったい何なのか、著者は巡り会うあらゆる作り手、演じ手に心の中で問い続け、探り続けているのだ。

豊富に織り込まれた撮影現場や授賞式などでの写真、「ゆれる」で共演したオダギリ・ジョーとの対談も楽しい。巻末に人名索引付き。(2010・7)

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