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July 18, 2010

「雪沼とその周辺」

このまま仕事を続けていたら、俺の人生もなにかを冷やすためによけいな熱を出すだけで終わりかねないぞと胃が痛むほど悩んでいた三十代の自分の姿を、しかし彼はもうはっきり思い出すことができなかった。

「雪沼とその周辺」堀江敏幸著(新潮文庫) ISBN: 9784101294728

山あいの町、雪沼に住む人々の、ささやかだけど劇的な人生の一こま。

SNS「やっぱり本を読む人々」選出の100冊文庫+20冊の1冊である、連作短編集を読む。芥川賞作家をつかまえてこういうのも実に変だけれど、やっぱり巧いなあ。流れるようでいて、決して饒舌すぎない絶妙のバランス。まさに読むことの快適さ。

舞台になっているのは市井の人が日々の糧を得ている、当たり前の場所だ。小さいボウリング場とか、書道教室とか商店街のレコード店とか。少ない言葉だけど的確にディテールが描かれ、登場人物それぞれがこの場にいる事情がしっかりわかる。日常という名の、確かな手応えがある。

不思議なことは何も起こらない。あるのは、人生の節目にふと振り返って、自分が失ってきたものを想起する、そんなしみじみとした感覚だ。後悔とか諦念とは、また違うのだが、そういう一瞬があるから、人は今、手の中にあるもののことを大切に思えるのかもしれない。川端康成文学賞(「スタンス・ドット」)、谷崎潤一郎賞受賞。(2010・7)。

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