「言の葉の樹」
森や山で、村や都でみんな物語を語った、声を出して語った、声を出して読んだ。しかしその当時もそれはすべて秘密だった。創世の神秘、世界の根っこの、暗闇の神秘。
「言の葉の樹」アーシュラ・K・ル・グィン著(ハヤカワ文庫SF) ISBN: 9784150114039
独裁政権のもと、科学技術と進歩を追求する惑星アカ。しかし宇宙連合の「観察員」サティは地球から派遣されてきて、この星の捨て去られた伝統文化を再発見する。
読書会の課題本をお借りし、「SF界の女王」のハイニッシュ・ユニヴァースシリーズに挑戦。私はSFの素養に著しく欠けるので、助言に従って巻末の小谷真理さんの解説を先に読んでしまった。なんだかすごく悪いことをしているような気分だったけど、そこまでしても、ちゃんと理解したという実感をもてないのが情けない。
進歩を優先するアカの政権は、本とか文字といった古い文化を徹底的に弾圧している。しかしサティが田舎の村まで足を運んで、人々の「語り」に耳を傾けてみると、封印された古来の価値観が、生き生きとした輝きをもって浮かび上がってくる。なんだかこれって、戦後の高度成長期に日本を訪れた欧米の文化人類学者か作家が、田舎のお寺に滞在し、日本人の暮らしぶりについて淡々とエッセイを書いているみたい……。読んでいる間、そんなイメージが頭を離れなかった。
中盤のサティの考察は、個人と国家とか、進歩と幸福とか、単一価値観の暴力性とか、いま世界で起きている現実のうつし絵に見えて仕方がなく、あまりと言えばあまりに地球的。何故あえてSFなの?と思っちゃいました。
もっとも大詰めに至って、やっぱりこれはSFでなければ書ききれないテーマなのかなあ、と感じられてきた。山奥の秘められた図書館のスケール感、あるいは「風に乗る」ということのイメージが鮮やかだ。小尾美佐訳。(2010・6)
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