« April 2010 | Main | June 2010 »

May 14, 2010

「ハナシがちがう!」

「星祭竜二ゆうたな。一杯いこか」
 梅寿はコップ酒を差しだした。
「え……? あの……俺、未成年で……」
「アホか。おまえは噺家になったんやで。囃家ゆうのは治外法権じゃ。師弟のかための盃や。ぐっといけ」

「ハナシがちがう!」田中啓文著(集英社文庫) ISBN: 9784087460742

「金髪とさか」という派手なヘアスタイルの竜二。バンドで有名になるはずが、なぜか強制的に上方落語の大御所、笑酔亭梅寿に弟子入りさせられて…

身辺で起こる事件の謎を、駆け出し噺家の竜二が解き明かしていく落語ミステリ。…ということだが、読み始めた感じはまるっきりギャグマンガだ。とにかく師匠の梅寿が無茶をしまくる。年がら年中酔っぱらってるわ、弟子とみれば暴力をふるうわ、お下劣だわ。でも、噺はすごいらしい。

ドタバタのなかにも「時うどん」「住吉駕籠」など、上方落語の粗筋を織り交ぜてあり、著者は相当な落語好き。そして登場人物たちが示す人情、芸への情熱が心地よい。「笑酔亭の捨て育ち」とまで呼ばれている、ほったらかしの憂き目に遭いながらも、着実に落語家として腕を上げていく竜二を思わず応援したくなる。宮藤官九郎脚本のドラマ「タイガー&ドラゴン」(TBS、2005年)の原型をみる気分だ。(2010・5)

May 02, 2010

「1Q84」BOOK 3

もしそこに満たされないものがあったとしても、あなたは他人の家の戸口にそれを求めるべきじゃない。

「1Q84 a novel BOOK 3<10月-12月>」村上春樹著(新潮社) ISBN: 9784103534259

空に二つの月が浮かぶ世界「1Q84」。迷い込んだ青豆と天吾、そして有能で我慢強い追跡者、牛河がたどる運命。

平成ニッポンの記録的ベストセラー、その続編を読む。600ページもの厚みがあるけれど、案外長さを感じなかった。book1、2では不寛容や暴力という現代的モチーフを次々に繰り出して、読む側の意識を刺激したのに比べると、book3の展開はシンプルで、ゆったりした印象があるからか。外見はとても一途な、ボーイミーツガールの物語にみえる。

まあ、もちろん物語の途中にはいろいろな神話的イメージが織り込まれていて、その意味を考え始めたらとてもシンプルとは言えないんだけど。特に秀逸なのは、他人の家のドアを執拗に叩き続ける集金人ではないだろうか。その存在の強烈な不快さと、正体がわからない謎めいた感じは、並大抵の造形ではない。ある時は問答無用の権威のようであり、ある時は無責任で行き場のない匿名の悪意のようであり。

とはいえ読む進むうちに、もう謎めいたものは謎めいたまま、そっとしておいてもいいかもしれない、という気がしてきた。それくらいに、青豆と天吾がつつましく、愛らしかった。なんだか長い曲折を経て、「物語」の原点に戻ってきたような、でも迷いの時代を抜けて、少し大人になったような。はてさて、この先まだ続きがあるのでしょうか。(2010・5)

« April 2010 | Main | June 2010 »