「時の娘」
彼は雀たちを眺めた。
「四千万冊の教科書がまちがっているはずがない」しばらくののち、グラントは言った。
「そうでしょうか?」
「時の娘」ジョセフィン・テイ著(ハヤカワ・ミステリ文庫) ISBN: 9784150727017
真理は「時」の娘であり、権威の娘ではない(フランシス・ベーコン)ーー。怪我で入院したロンドン警視庁のグラントは、犯罪者の人相に一家言もつ刑事。退屈しのぎにと差し入れられた肖像画の1枚に、興味をそそられる。その人物とは歴史上の人物で、悪名高いリチャード三世。
SNS読書会の課題本で、「寝たきり探偵」が文献だけから推理を展開する歴史ミステリの名作。たまたま昨年、いのうえひでのり版「リチャード3世」と、蜷川幸雄演出の「ヘンリー6世」(休憩合わせて8時間!)を観たので、興味津々読んでみた。
文章はちょっともったいぶった印象。1951年発表、文庫の初版が1977年とあって時代を感じる雰囲気だけれど、それを味わっているうちに、半ばあたりから謎解きに弾みがついていく。リチャードは本当に、王位を手に入れるため幼い甥二人をなきものにしたのか? エドワードとかマーガレットとか、似通った人名のラッシュに混乱しつつも、気にせずどんどん読み進んだ。
歴史を探るロマンというより、通説を疑い、確かな手がかりから真実に近づこうとするグラントの知性がエキサイティング。権威に対する健全な反骨精神も爽やかだ。ラストシーンが実に巧いなあ。小泉喜美子さんの味わい深い訳者あとがきもまた、小説と絶妙にマッチしてます。(2010・4)
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