「たまたま」
誕生日問題とは、あるグループにおいて二人の誕生日が一致する確率が五〇パーセント以上であるには、そのグループに何人いなければならないか(ただし、すべての誕生日は蓋然性が等しいと仮定する)というもの。(略)正解は驚くほど少なく、わずか二三人である。
「たまたま」レナード・ムロディナウ著(ダイヤモンド社) ISBN: 9784478004524
物理学者の著者が確率や統計の初歩を平易に紹介しつつ、「偶然」「ランダムネス」がいかにわたしたちの日常を支配しているかを説く。
原題はドランカーズ・ウオーク(千鳥足)。流体中の分子のでたらめな動き、ブラウン運動を表した言葉だ。人はこの「でたらめ」を理解するためにどんな知見を積み上げてきたか、著者はガリレオ、パスカルからアインシュタイン、ランド研究所まで、きら星のごとく並ぶ賢者たちを引き合いに出して解説する。誕生日問題やモンティ・ホール問題など、ところどころに差し挟まれた「知的クイズ」も楽しい。
面白いのはいわゆる数学本に比べ、読み心地がだいぶ違うこと。「フェルマーの最終定理」(サイモン・シン)とか「異端の数ゼロ」(チャールズ・サイフェ)とかでは、数の神秘を突き詰めていくという崇高な雰囲気に圧倒された。しかし本書の語り口は、ずっと人間くさい。確率や統計の理論は本来、学術的なものだけど、ギャンブルや宝くじ、生命保険のような実利に応用される要素があるからか。それほど、「たまたま」というものは人々の営為にしっかり結びついているのだろう。
同時に本書の印象を独特にしているのは、著者の一貫してどこか斜に構えた筆致だ。登場する歴史上の数学の天才たちも、ムロディナウにかかれば妙に偏屈だったり破滅的だったり、要するにちっとも偉そうでない。なにしろポアンカレは1年間にわたって毎日買ったパンの重さを量り、「正規分布」の知識を応用してパン屋さんがサイズをごまかしていると告発しちゃうのだ。なんか、せこくないか。
読み進むうち、こういう斜に構えた姿勢が決して底の浅いものではなく、筋金入りだとわかってきて、さらに興味をそそられた。わたしたちは権威とか成功を、本人の努力などのたまものであり、必然のものと思いこんでいる。けれどその多くは、実は偶然に支配されているというのだ。そんなシニカルな著者の主張は、科学者、科学ライターとしての結論であるだけでなく、独特の人生観に裏打ちされている感じ。田中光彦訳。(2010・3)
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