「掏摸」
……そいつは、相手のコートのボタンを外し、その首から下げたガマグチから、中身の金だけ取ることができたらしい。『中抜き』という技。しかも、取った後、ガマグチは閉じられ、コートのボタンもとめられてたと言われてる。凄まじい腕だよ」
「……本当に?」
「惨めさの中で、世界を笑った連中だ」
「掏摸」中村文則著(河出書房新社) ISBN: 9784309019413
東京という都会の雑踏を浮遊しながら、的確に裕福な人間だけを狙う凄腕スリ師。ある日、闇社会に生きる不気味な男・木崎と再会して…。
第一印象はかっこいい小説、ということだ。スリを働くシーンの、息づかい一つまでくっきりとする緊張感。相手に盗られたことさえ気取られない、これ以上ない存在の透明感、そして深い孤独。読んでいる間なぜかずっと、頭の中で「死刑台のエレベーター」のマイルス・デイヴィスみたいな音楽が鳴っていた。
かつての仕事仲間や恋人、行きずりの少年らが登場するけれど、それぞれの描写は徹底して削りこまれていて、無口過ぎるほどの文章だ。彼らは主人公を社会につなぎ止めるわずかなつながりのはずなのに、いかに細々として頼りないことか。こんなことでは、独白のなかに繰り返し現れる幻の「塔」の高みには、到底たどり着けそうにない。
でも、「最悪の男」木崎の圧倒的に理不尽な力に接したとき、モノクロの乾いた視界のなかで、その頼りないつながりが鈍い光を放ち始める。
人物の固有名詞も相当削りこまれているなかで、主人公が自分を「俺」ではなく「僕」と呼んでいるのが、どこか違和感を伴って印象的。映像化するなら、松田龍平かなあ。観たいなあ。大江健三郎賞受賞。(2010・4)
掏摸 / 中村文則 飴色色彩日記
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