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April 29, 2010

「女中譚」

 聞かせてあげるから。
 なにをって、あたしの話をだよ。

 関係ないなんて顔をするもんじゃないよ。

「女中譚」中島京子著(朝日新聞出版)  ISBN: 9784022506276

21世紀の秋葉原。メイド喫茶の常連客である孤独な老女すみが、昭和初期の若かりし日々を回想する。林芙美子、吉屋信子、永井荷風の小説をもとにしたという連作。

都会で職を転々としながら生きるすみが、個性的な人物と巡り会う物語だ。あいにく元ネタになっている作品を知らないので、比較できなくてもどかしい気がしたけれど、たぶん戦前の雰囲気をうまく伝えているんだろう、と感じた。身も蓋もない貧しさとか、時代の底に流れる不穏さとか。
ところが読み進むうち、物語の中の「昭和」が合わせ鏡のように、現代を映し出し始める。昔ほどあからさまではないかもしれないけれど、今だって経済格差は存在するし、社会の歪みを感じさせる殺伐とした事件も後を絶たない。

そう思うと、「女中小説」という非凡なカテゴリーにこめられた平凡な女の生きざまにもまた、現代に通じるものがある気がしてくる。主人公の女性は飛び抜けた技能とか社会的地位とは、つくづく無縁な存在だ。ひとときのはかない虚飾を別にすれば、暮らしは総じて楽ではない。
しかし、だからといって、自分の身を守ってくれる何かにやみくもにすがることはしないのだ。外見はかなり悲しく、惨めな暮らしになってしまっても、芯のところに不思議なしたたかさ、潔さがある。作家の人物を観る目の鋭さを感じさせる。(2010・4)

April 18, 2010

「時の娘」

 彼は雀たちを眺めた。
「四千万冊の教科書がまちがっているはずがない」しばらくののち、グラントは言った。
「そうでしょうか?」

「時の娘」ジョセフィン・テイ著(ハヤカワ・ミステリ文庫) ISBN: 9784150727017

真理は「時」の娘であり、権威の娘ではない(フランシス・ベーコン)ーー。怪我で入院したロンドン警視庁のグラントは、犯罪者の人相に一家言もつ刑事。退屈しのぎにと差し入れられた肖像画の1枚に、興味をそそられる。その人物とは歴史上の人物で、悪名高いリチャード三世。

SNS読書会の課題本で、「寝たきり探偵」が文献だけから推理を展開する歴史ミステリの名作。たまたま昨年、いのうえひでのり版「リチャード3世」と、蜷川幸雄演出の「ヘンリー6世」(休憩合わせて8時間!)を観たので、興味津々読んでみた。

文章はちょっともったいぶった印象。1951年発表、文庫の初版が1977年とあって時代を感じる雰囲気だけれど、それを味わっているうちに、半ばあたりから謎解きに弾みがついていく。リチャードは本当に、王位を手に入れるため幼い甥二人をなきものにしたのか? エドワードとかマーガレットとか、似通った人名のラッシュに混乱しつつも、気にせずどんどん読み進んだ。

歴史を探るロマンというより、通説を疑い、確かな手がかりから真実に近づこうとするグラントの知性がエキサイティング。権威に対する健全な反骨精神も爽やかだ。ラストシーンが実に巧いなあ。小泉喜美子さんの味わい深い訳者あとがきもまた、小説と絶妙にマッチしてます。(2010・4)

April 03, 2010

「掏摸」

……そいつは、相手のコートのボタンを外し、その首から下げたガマグチから、中身の金だけ取ることができたらしい。『中抜き』という技。しかも、取った後、ガマグチは閉じられ、コートのボタンもとめられてたと言われてる。凄まじい腕だよ」
「……本当に?」
「惨めさの中で、世界を笑った連中だ」

「掏摸」中村文則著(河出書房新社) ISBN: 9784309019413

東京という都会の雑踏を浮遊しながら、的確に裕福な人間だけを狙う凄腕スリ師。ある日、闇社会に生きる不気味な男・木崎と再会して…。

第一印象はかっこいい小説、ということだ。スリを働くシーンの、息づかい一つまでくっきりとする緊張感。相手に盗られたことさえ気取られない、これ以上ない存在の透明感、そして深い孤独。読んでいる間なぜかずっと、頭の中で「死刑台のエレベーター」のマイルス・デイヴィスみたいな音楽が鳴っていた。

かつての仕事仲間や恋人、行きずりの少年らが登場するけれど、それぞれの描写は徹底して削りこまれていて、無口過ぎるほどの文章だ。彼らは主人公を社会につなぎ止めるわずかなつながりのはずなのに、いかに細々として頼りないことか。こんなことでは、独白のなかに繰り返し現れる幻の「塔」の高みには、到底たどり着けそうにない。
でも、「最悪の男」木崎の圧倒的に理不尽な力に接したとき、モノクロの乾いた視界のなかで、その頼りないつながりが鈍い光を放ち始める。

人物の固有名詞も相当削りこまれているなかで、主人公が自分を「俺」ではなく「僕」と呼んでいるのが、どこか違和感を伴って印象的。映像化するなら、松田龍平かなあ。観たいなあ。大江健三郎賞受賞。(2010・4)

 掏摸 / 中村文則  飴色色彩日記

April 01, 2010

「たまたま」

誕生日問題とは、あるグループにおいて二人の誕生日が一致する確率が五〇パーセント以上であるには、そのグループに何人いなければならないか(ただし、すべての誕生日は蓋然性が等しいと仮定する)というもの。(略)正解は驚くほど少なく、わずか二三人である。

「たまたま」レナード・ムロディナウ著(ダイヤモンド社) ISBN: 9784478004524

物理学者の著者が確率や統計の初歩を平易に紹介しつつ、「偶然」「ランダムネス」がいかにわたしたちの日常を支配しているかを説く。

原題はドランカーズ・ウオーク(千鳥足)。流体中の分子のでたらめな動き、ブラウン運動を表した言葉だ。人はこの「でたらめ」を理解するためにどんな知見を積み上げてきたか、著者はガリレオ、パスカルからアインシュタイン、ランド研究所まで、きら星のごとく並ぶ賢者たちを引き合いに出して解説する。誕生日問題やモンティ・ホール問題など、ところどころに差し挟まれた「知的クイズ」も楽しい。

面白いのはいわゆる数学本に比べ、読み心地がだいぶ違うこと。「フェルマーの最終定理」(サイモン・シン)とか「異端の数ゼロ」(チャールズ・サイフェ)とかでは、数の神秘を突き詰めていくという崇高な雰囲気に圧倒された。しかし本書の語り口は、ずっと人間くさい。確率や統計の理論は本来、学術的なものだけど、ギャンブルや宝くじ、生命保険のような実利に応用される要素があるからか。それほど、「たまたま」というものは人々の営為にしっかり結びついているのだろう。

同時に本書の印象を独特にしているのは、著者の一貫してどこか斜に構えた筆致だ。登場する歴史上の数学の天才たちも、ムロディナウにかかれば妙に偏屈だったり破滅的だったり、要するにちっとも偉そうでない。なにしろポアンカレは1年間にわたって毎日買ったパンの重さを量り、「正規分布」の知識を応用してパン屋さんがサイズをごまかしていると告発しちゃうのだ。なんか、せこくないか。

読み進むうち、こういう斜に構えた姿勢が決して底の浅いものではなく、筋金入りだとわかってきて、さらに興味をそそられた。わたしたちは権威とか成功を、本人の努力などのたまものであり、必然のものと思いこんでいる。けれどその多くは、実は偶然に支配されているというのだ。そんなシニカルな著者の主張は、科学者、科学ライターとしての結論であるだけでなく、独特の人生観に裏打ちされている感じ。田中光彦訳。(2010・3)

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