「女中譚」
聞かせてあげるから。
なにをって、あたしの話をだよ。
関係ないなんて顔をするもんじゃないよ。
「女中譚」中島京子著(朝日新聞出版) ISBN: 9784022506276
21世紀の秋葉原。メイド喫茶の常連客である孤独な老女すみが、昭和初期の若かりし日々を回想する。林芙美子、吉屋信子、永井荷風の小説をもとにしたという連作。
都会で職を転々としながら生きるすみが、個性的な人物と巡り会う物語だ。あいにく元ネタになっている作品を知らないので、比較できなくてもどかしい気がしたけれど、たぶん戦前の雰囲気をうまく伝えているんだろう、と感じた。身も蓋もない貧しさとか、時代の底に流れる不穏さとか。
ところが読み進むうち、物語の中の「昭和」が合わせ鏡のように、現代を映し出し始める。昔ほどあからさまではないかもしれないけれど、今だって経済格差は存在するし、社会の歪みを感じさせる殺伐とした事件も後を絶たない。
そう思うと、「女中小説」という非凡なカテゴリーにこめられた平凡な女の生きざまにもまた、現代に通じるものがある気がしてくる。主人公の女性は飛び抜けた技能とか社会的地位とは、つくづく無縁な存在だ。ひとときのはかない虚飾を別にすれば、暮らしは総じて楽ではない。
しかし、だからといって、自分の身を守ってくれる何かにやみくもにすがることはしないのだ。外見はかなり悲しく、惨めな暮らしになってしまっても、芯のところに不思議なしたたかさ、潔さがある。作家の人物を観る目の鋭さを感じさせる。(2010・4)