「花合わせ」
興業前の鼠木戸には誰の出入りもなく、小屋の前を、扇ではたはたと扇ぎながら急ぐ、暑そうな商人風の男や、桶を担いだ金魚屋が「めだかァー、金魚ゥ~」と長閑な声を上げては、桶につるした金魚玉を揺らし、夏の強い日差しをきらきらと反射させて、行き過ぎるのが見える。
「花合わせ」田牧大和著(講談社) ISBN: 9784062143431
まだ名題下の女形、濱次が行きずりの町娘から預かった奇妙な鉢植えをめぐる人情話。
若手時代小説家の小説現代長編新人賞受賞作を読んでみた。ゆったりした筆致で描かれる、芝居小屋を中心にした粋な江戸風情が楽しい。才能はあるが、おっとりした性格の濱次やいたずら好きの師匠、茶屋の遣り手女将ら、一癖ある登場人物たちがかわす会話も上品で、落語のような味わい。「お止しよ、鬱陶しいねぇ」とか。芸談にミステリーやファンタジーの要素をからめていて、ややまとまりに欠ける感じはあるけれども。
ちなみに「花合わせ」は花札遊びのことではなく、珍しい花の品評会のことらしい。こういう庶民文化の成熟ぶり、江戸好きにはこたえられないかも。(2010・3)
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