「逝かない身体」
リラックスしているときは顔を見ればすぐわかる。明らかに肌がさらっとしていて涼しげだ。
「逝かない身体」川口有美子著(医学書院) ISBN: 9784260010030
英国駐在の金融マンの妻として、また二人の子の母として、ロンドン郊外で充実した日々を送っていた著者に突然、不穏な知らせが届く。母が重篤な神経難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断されたのだ。そこから始まった、長い在宅介護の日常と、強靱な思索の記録。
非常に冷静で、知的な印象のある本だ。テーマとなっているのは、年間の発病が10万人あたり2人という希少な病。しかも病状が進むと、意思表示の力さえ奪われるという苛酷さだ。病人本人はもちろん娘である著者、そして周りの人々には想像を絶する様々な葛藤があったろう。
しかし著者は日々の介護の、きわめて実際的な工夫や知恵の記述のほうに、けっこうページを割いている。意思表示できない病人の体温をきちんと調節することとか、ちょっとした汗の理由を読み取ることとか。時には健全なユーモアさえ含んで、等身大の体験が淡々と描かれる。だからこそ、壮絶なまでの絶望とたくさんの涙、そこから掴み取ったある確信が、実感をもって読むものに迫る。
社会や家族の役割、生きる意味というものを、長い時間をかけて考え抜いた著者は、次第に視線を外に転じていく。ホームページを通じて全国に散らばる同じ境遇の患者や家族を励まし、自ら介護事業所を立ち上げ、やがては大学院に学んで論文を書く。介護を続けながらの、驚くべき行動力。その、やむにやまれぬ思いの一端に触れれば、誰しも泣いてなんかいられないのだ。大宅壮一ノンフィクション賞受賞。(2010・1)
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