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December 29, 2009

2009年ベスト

いよいよ最終週ということで、2009年ベストを。新旧とりまぜてですが、まずフィクションは、

1、「ヘヴン」川上未映子
2、「日の名残り」カズオ・イシグロ
3、「犬の力」ドン・ウィンズロウ
4、「ミレニアム1」「2」「3」スティーグ・ラーソン
5、「影武者徳川家康」隆慶一郎
6、「1Q84」村上春樹
7、「新参者」東野圭吾
8、「ダブル・ジョーカー」柳広司
9、「四とそれ以上の国」いしいしんじ
10、「出星前夜」飯嶋和一

食わず嫌いしていた「ヘヴン」、読んでみたら案外よかった。そういう個人的な意外感を含めて上位! それにしても我ながら、見事にジャンルがバラバラだなあ。「日の名残り」に「犬の力」って… でも、どの本も間違いなく強力でした~

ノンフィクションは、

1、「差別と日本人」野中広務、辛淑玉
2、「サンデーとマガジン」大野茂
3、「地団駄は島根で踏め」わぐりたかし
4、「ハチはなぜ大量死したのか」ローワン・ジェイコブセン
5、「戦争サービス業」ロルフ・ユッセラー
6、「シズコさん」佐野洋子
7、「なほになほなほ 私の履歴書」竹本住大夫
8、「介護現場は、なぜ辛いのか」本岡類
9、「だから、男と女はすれ違う」NHKスペシャル取材班
10、「白川静 漢字の世界観」松岡正剛

個人的に世の中にキャッチアップしなくちゃ、という気持ちがあって、だからというのも妙ですが、新書をよく読んだ年でした。そのなかで「差別と日本人」は、対談の顔合わせの強烈さもさることながら、ラストの圧倒的な感じがダントツ! ほかにも上位にあげた本は、忙しくてもさらっと読めて面白いものばかりです。「シズコさん」はノンフィクションに分類するのは変かもしれませんが…

ちなみに参加しているSNS「やっぱり本を読む人々。」選出の「100冊文庫」からは、「夏への扉」など5冊、また、別のSNSの読書会コミュでは、「ダブリナーズ」 「星々の生まれるところ」「怪談牡丹灯籠」など課題本を5冊読みました。自分ではなかなか手を出さない作家や、未知のジャンルにチャレンジするのは楽しいものです。来年も皆さんに教えてもらって、面白い本に出会うぞ!

ブログネタ: あなたが今年、読んで良かったと思う本は?参加数

「ドーン」

日本語で〈分人〉って言ってるそのdividualは、〈個人〉individualも、対人関係ごとに、あるいは、居場所ごとに、もっとこまかく『分けることができる』っていう発想なんだよ。

「ドーン」平野啓一郎著(講談社) ISBN: 9784062155106

2036年、米大統領選のさなか。人類で初めて火星に歩をしるした英雄的宇宙飛行士のひとり、佐野明日人が一大政治スキャンダルに巻き込まれていく。

2009年読み納めで、芥川賞作家に初挑戦した。「ブレードランナー」ばりのSFでもあり、サスペンスでもあり。500ページ近い長編にぎっしり詰め込まれた、作家のイマジネーションにくらくらした。とにかく余白がないんです。
長期にわたる宇宙旅行の困難から、アフリカ紛争地帯への大国の介入や戦争の民営化の問題、高度なネット監視社会や拡張現実まで。現在と地続きにみえる「すぐそこの未来」のイメージがてんこ盛りです。ああ、なんて饒舌なんだ。

特に印象深いのは、2030年代には分人主義という思想が世界に広がっている、という設定だ。分人主義とは「本当の自分」なんてものは存在せず、人は状況に応じて様々な人格「分人(ディヴ)」をもつのが当たり前だという考え方。それは、複雑になり過ぎた情報社会を生き抜き、自らを守るための人々の知恵なのかもしれない。今の社会というものについて、ものすごくよく考えている作家だなあ、と思う。

ではわたしたちの人格、社会はどんどん細分化されて、複雑になっていくのだろうか。キーワードは「重力」かもしれない。この広い宇宙で、奇跡のようにちっぽけな地球にすべての生き物を結びつけている存在だ。
ラストシーンの後、「明日の人」という象徴的な名を持つ主人公は、過去を背負って、どう生きていくのだろう。そして私にとって、重力にあたる存在って何なんだろう。面白くて、読後感はずしっと重い。Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。(2009・12)

 〈わたしたち〉の時代の夜明け――平野啓一郎『ドーン』を読む1 平岡公彦のボードレール翻訳日記

「伊藤ふきげん製作所」

「カノコはつまんない人間だもん」
 カノコはあのころよく言ってました。そして、じつは、わたしにはよくわかるような気がしました、その不安が。

「伊藤ふきげん製作所」伊藤比呂美著(新潮文庫)  ISBN: 9784101312217

思春期って訳もなく不機嫌なもの。詩人・作家である著者が2人の娘の悩み、葛藤、それをなんとか受け止めようとする母の戸惑いぶりを軽妙に綴る。

子育てエッセイの先駆者による新聞連載の文庫化を、ふと思い立って手にとった。小学校高学年から中学という多感な時期に、伊藤家の娘たちは人生の激動に見舞われる。なにしろ母親が離婚、英国人と再婚して、子連れで米国に移住するのだ。娘たちは言葉や生活習慣の壁を乗り越えて、ステップダッドとの関係を築き、新しい友達をつくり、勉強もしなきゃならない。これでストレスを抱えないわけがない。

もっともそれほどの激動の割に、著者が描く母娘の日常は案外普通だ。母は娘の立ち居振る舞いについつい小言を言い、娘たちは不機嫌にむくれる。誰にでも覚えがある光景ではないだろうか。母は子供たちの扱いに困りつつも精一杯愛情をこめて接し、娘は自分の問題を一つひとつ乗り越えていく。リズミカルな筆致が心地よくて、じわっと心が温まる。(2009・12)

December 15, 2009

「舶来屋」

「まさに夢の世界が広がっていたよ。クラクラしたね。このあたりにガツンと一発食らった感じだった」

「舶来屋」幸田真音著(新潮社) ISBN: 9784104633050

欧州の高級ブランドを日本に紹介した、「サンモトヤマ」創業者・茂登山長市郎氏をモデルに描く一商人の軌跡。

戦時中に天津の町で、あるいは戦後、PXの通販カタログで。主人公が豊かさというものを目にするシーンは、まさに日本の消費文化の黎明を予感させる。そこに、闇市から銀座の繁栄へと至る首都の変貌、あるいは主人公を取り巻くきら星のような文化人、スターの横顔が重なる前半部は、高度成長の息吹をありありと感じさせて興味深い。
物語は、主人公と偶然知り合った20代の男女が聞き役を務めるという設定。正直、最初は入り込みにくかった。しかし、主人公が語る高度成長期と比べて、若い世代が現代の閉塞感を嘆くという対比には共感できる。

主人公は高級ブランドの開拓者でありながら、ビジネスの大衆化に乗じて規模を追うことはしなかったようだ。終盤は、もっぱら限られた「本物」の顧客を大切にする姿勢が描かれ、時として歯がゆいくらい。けれど、そういう規模よりも質を求める「あきんど」である限り、時代が閉塞していたって夢は描ける、という潔いメッセージが感じられる。

「歴史のなかの商人像をあれこれ考えてゆくと、勝海舟などまったく商人的発想ですね。むろん、商人という語感につきまとう軽薄さはありませんでした。かれにとって出藍の弟子だった坂本龍馬をふくめてです。」ーー。「文藝春秋」2009年12月号が再録していた(初出は1994年4月号)司馬遼太郎さんの論文「日本人の二十世紀」の一節がなんだか響いてくる。(2009・12)

December 13, 2009

「新参者」

俺はまだ異動してきたばっかりで、正直いうとこのあたりのことをちっとも知らない。それでまず街を観察することから始めているわけだ。

「新参者」東野圭吾著(講談社) ISBN: 9784062157711

江戸風情を残す東京・人形町。所轄に異動してきた刑事・加賀恭一郎が、ある殺人事件の謎を解く。

巧いなあ。ひたすら観察する者、加賀の繊細さが魅力的だ。注意深くて、人の気持ちがよくわかる。だから事件関係者のささいな行動を何一つ見逃さず、こつこつと真実に近づいていく。
9章まで1章ごとに、決して大仰ではないけれど泣かせる人間ドラマがあり、それぞれ短編として十分に楽しい。そしてすべてがジグソーパズルのピースをはめるようにすっきりとつながって、最終章の謎解きに至る。初出は月刊誌での連載。今さらだけど、読みやすさと構成力は並大抵でない。

加賀が歩き回る人形町の情景が、全編を味わい深くしている。聞き込み先にいちいち、おせんべいやら人形焼きやらを手土産を持っていくのが微笑ましい。個人的には、女将が格好良い「料亭の小僧」が好みかな。

…と感嘆していたら「このミステリーがすごい!2010年版」(宝島社)で国内1位に。思えば「白夜行」があり「容疑者Xの献身」があり、なおこうして支持される本を書き続けるのはさすがだなあ。(2009・12)

「新参者」東野圭吾 しんちゃんの買い物帳
東野圭吾/「新参者」/講談社刊 ミステリ読書録

December 08, 2009

「中学受験 SAPIXの授業」

彼らはできるから勉強する。解ける(と思っている)から解くんです。

「中学受験 SAPIXの授業」杉山由美子著(学研新書) ISBN: 9784054043114

有名中学受験塾の、授業参観ルポ。

ゆとり教育やいじめといった公立不信から、首都圏では5人に1人が経験するといわれる中学受験。数年前には受験塾の前に、ずらりと迎えの自家用車が並ぶといった過熱ぶりが伝えられた記憶があるけれども、今や社会は少子化だ。少しでも早く生徒を確保したい大学付属の新設などを背景に、中学も選り好みしなければ「全入」の状況だという。

その全入時代に、伝統的アプローチともいえる有名私立を目指す子供たち、親たちは、どんなことをしているのか。もちろん同じ子供を取り巻く現状には、「子どもの貧困」(阿部彩著)という事態があり、また「日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか」(古荘純一著)という問題提起もある。その振れ幅も含めて、子供の今を考えさせる一冊ではないだろうか。(2009・12)

December 07, 2009

「空飛ぶ馬」

解いてもらったのは謎だけではない。私の心の中でも何かが静かにやさしく解けた。

「空飛ぶ馬」北村薫著(創元推理文庫) ISBN: 9784488413019

女子大生の私と、噺家の円紫さんが「日常の謎」を解く連作短編集。

ついに2009年、直木賞を受賞した著者の、1989年のデビュー作。SNS「やっぱり本を読む人々。」選出100冊文庫の1冊を読んでみた。

謎というより、時にはささいに見える行動の裏にある、人間心理を読み解く筋立て。爽やかな筆致で、デビュー作とは思えない完成度だ。今では私たち読者は著者について、ワセミスOBの年季の入ったミステリファンで、このとき高校で教師をしていてと、人物像を知って読むから、巧さにもあまり驚かない。けれど発表当時は覆面作家で、ペンネームや書く内容から「現役女子大生説」もあったそうだから、読者はさぞ感嘆しただろうなあ。

もう一つ、考えてみれば89年はバブル経済絶頂期。それなのに女子大生の主人公ときたら、美人なのに化粧っけもなく、落語と文学をこよなく愛し、飲み会やらにうつつを抜かすこともなく家では家事をよく手伝う女の子だ。なんて理想的。こういう温かい人物造形が、長く愛される秘訣なのかなぁ、と妙に納得しました。ああ、落語を聴きたい…。(2009・12)

「空飛ぶ馬」 読書日記

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