「ヘヴン」
奥ゆきのない、あいかわらず平板な風景だった。そしていつもそうするように目のまえの景色を紙芝居の絵のように四角く切りとって、まばたきをするごとに一枚一枚を足もとにめくり捨てていった。
「ヘヴン」川上未映子著(講談社) ISBN: 9784062157728
1991年、14歳。学校でいじめを受けていた「僕」はある日、同じように理不尽な暴力にさらされている級友、コジマから手紙を受け取った。そして、ひそやかな交流が始まる。
なんとなく食わず嫌いだったのだけど、知人から「必読」と言われて手にとってみた。中盤までは正直、執拗ないじめの描写とか、少年の強い自意識とかが痛々しくて、ちょっと閉口した。けれど、重いテーマの割に敷居が低くて読みやすい。余分な説明が少なく、文章に潔い印象があるせいか。
すべてを受け入れる者・コジマと、傍観者・百瀬という登場人物が、強烈な存在感を示している。それぞれの立場で組み立てた論理を饒舌に語り、被害と加害、あるいは善と悪という大きな存在を象徴するかのようだ。この二人のパワーに比べると、間に立つ主人公の僕はなんだか頼りなく、受け身にみえる。
けれど、彼が目にしている独特の「視界」という冒頭のエピソードが、終盤に至って、とてもドラマチックに説得力を帯びてくる。このあたりの展開には、見事に不意をつかれましたね。非常に映像的でありながら、たぶん文字でしかうまく表現できない。上手だなぁ。
誰でもただ、等しく幸せを望んでいるだけのはずなのに、世界はなぜ歪んでしまうのか。そんな深い問いに向き合った時、人はしょせん頼りなくて、受け身でしかいられないのかもしれない。それでもどうにかして、世界の実態、生きている実感というものを掴みとろうとする。そういう切望の、愛おしいまでのきらめき。著者の真面目さ、誠意が感じられる。(2009・10)
ヘヴン*川上未映子 本の国星
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